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エメラルドの鎮魂歌
第1章 罪と嘘のプレリュード
その千賀子が漸く身籠り、十月十日が過ぎ出産の日を迎えたのだ。
屋敷の中は、早くも赤児誕生の報を聞いて色めき立つ使用人達の動きが慌ただしくなった。
まだ産後の処置があるので、千賀子の寝室には入れない。
そわそわと落ち着かない征一郎の元に出産を立ち会った主治医の野口が現れたのは小一時間も過ぎた頃であった。
「伯爵、大変お待たせいたしました。奥様はご無事にお子様をご出産なされました」
征一郎は立ち上がり、せっかちに尋ねる。
「それで、子どもはどちらだ?男か女か?」
「…男子でいらっしゃいます。伯爵」
征一郎の貌に安堵の笑みが広がる。
「でかした!後継ぎか!」
周りの使用人達…執事、下僕、メイド達の間からも歓喜の声が湧き上がる。
その笑顔の輪に加わらないのは、主治医の野口だけであった。
「…恐れながら伯爵…」
言いづらそうな野口を見て、征一郎は眉を顰めた。
「何だ?子どもに何か不都合があるのか?」
「…いえ…。五体ご満足なお美しいお子様でいらっしゃいます。
ただ…その…」
奥歯に物が挟まったような物言いに、征一郎が問いただそうとした時…。
侍女の取次をする声が響いた。
「大奥様のお出ましにございます!」
一同が居ずまいを正し頭を下げる中、薫子が現れた。
さながら女王陛下の君臨のような居丈高な物腰で、黒いタフタのドレスを美しく捌きながら部屋の中央に進み出る。
「ようやく産まれたそうですね。で?どちら?」
男子以外は許さない高飛車な口調だ。
「男子です。お母様」
征一郎がすかさず母親の機嫌を取るように答える。
薫子はその細い眉をやや満足げに見開き、薄い口元に僅かな笑みを浮かべた。
「それは、ようございました。
では、私の孫と対面させていただきましょうか。野口先生」
有無を言わせぬ口調で医師に申し渡す。
野口は観念したかのように頭を下げ、
「こちらへどうぞ、大奥様…」
隣室へと手を差し伸べた。
薫子に続いて征一郎が千賀子の寝室に入る。
「…お前も来なさい」
執事の叔父が八雲に低く囁き、促した。
…何かを予知していたのかもしれない。
八雲は、叔父に少し遅れて部屋に足を踏み入れた。
屋敷の中は、早くも赤児誕生の報を聞いて色めき立つ使用人達の動きが慌ただしくなった。
まだ産後の処置があるので、千賀子の寝室には入れない。
そわそわと落ち着かない征一郎の元に出産を立ち会った主治医の野口が現れたのは小一時間も過ぎた頃であった。
「伯爵、大変お待たせいたしました。奥様はご無事にお子様をご出産なされました」
征一郎は立ち上がり、せっかちに尋ねる。
「それで、子どもはどちらだ?男か女か?」
「…男子でいらっしゃいます。伯爵」
征一郎の貌に安堵の笑みが広がる。
「でかした!後継ぎか!」
周りの使用人達…執事、下僕、メイド達の間からも歓喜の声が湧き上がる。
その笑顔の輪に加わらないのは、主治医の野口だけであった。
「…恐れながら伯爵…」
言いづらそうな野口を見て、征一郎は眉を顰めた。
「何だ?子どもに何か不都合があるのか?」
「…いえ…。五体ご満足なお美しいお子様でいらっしゃいます。
ただ…その…」
奥歯に物が挟まったような物言いに、征一郎が問いただそうとした時…。
侍女の取次をする声が響いた。
「大奥様のお出ましにございます!」
一同が居ずまいを正し頭を下げる中、薫子が現れた。
さながら女王陛下の君臨のような居丈高な物腰で、黒いタフタのドレスを美しく捌きながら部屋の中央に進み出る。
「ようやく産まれたそうですね。で?どちら?」
男子以外は許さない高飛車な口調だ。
「男子です。お母様」
征一郎がすかさず母親の機嫌を取るように答える。
薫子はその細い眉をやや満足げに見開き、薄い口元に僅かな笑みを浮かべた。
「それは、ようございました。
では、私の孫と対面させていただきましょうか。野口先生」
有無を言わせぬ口調で医師に申し渡す。
野口は観念したかのように頭を下げ、
「こちらへどうぞ、大奥様…」
隣室へと手を差し伸べた。
薫子に続いて征一郎が千賀子の寝室に入る。
「…お前も来なさい」
執事の叔父が八雲に低く囁き、促した。
…何かを予知していたのかもしれない。
八雲は、叔父に少し遅れて部屋に足を踏み入れた。