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〜 夏の華 ショートストーリー集〜
第2章 やきもちとシュトーレン
その日の午後、月城はいつもと違う暁の様子にふと気付いた。
無愛想なわけではない。
ビストロの客にはいつものように、にこやかに優しい笑顔を振りまいている。
月城には、丁寧すぎるくらいの物言いで接してくる。
笑顔がないわけではない。
…しかし、その笑顔は微かに硬かった。

暁は今でも自分の素直な気持ちを月城にぶつけるのが苦手だ。
しかも、負の感情を現すことは皆無だ。
自分の胸にそっと仕舞い込む。

月城はそんな暁の儚げな後ろ姿に小さなため息を吐く。

…その夜…。
最後の客が帰り、ドアのカウベルが鳴り止んだ時…
月城は背中から暁を抱きしめた。
その薄い肩がびくりと震える。

「…何がありました?」
「…何もないよ…」
小さな声は硬い。
「貴方は嘘をつくのが下手ですね。
…言ってください。私が悪ければ謝ります」

暫しの沈黙が二人の間に流れた。
ぽつりと呟く。
「…ランチのお客様…」
「はい…」
「…綺麗なひと…初めて見る貌だった。
…でも、月城と親しげだった」
ふと記憶を辿る。
…ああと合点をいかせる。
「マドモアゼル・リーズルですね。先日、車が立ち往生されていたのを見て差し上げたのです。今日はそのお礼に来られたのでしょう。ご両親もご一緒でしたし」

暁は月城の手を握りしめた。
白い手は少し震えていた。
「…僕以外のひとに…優しくしないで…」
小さな声…。
こんなことを言うのは珍しい。

月城はその艶やかな黒髪を撫でて頷いた。
「はい。暁様」
「僕以外のひとに…笑いかけないで…」
「はい。そうします…」

「嘘だよ。…全部嘘だ」
笑いながら振り返る。
「誰にでも優しい月城が好きだ…」
黒曜石のような瞳は、案の定潤んでいた。

「それも嘘ですね…」
こんなに愛していても、いつも気弱な伴侶に語りかける。
「…私は貴方以外のひとに全く興味はありません。優しくするのは単なる性格です。
…でも、誤解させたのなら謝ります」
「謝らないで…僕がやきもちを焼いただけだから…」

二人は瞳を合わせて、同じ温かな温度で笑った。
優しい和解のキスをする。

白い花の薫りがする最愛のひとを強く抱きしめる。

「…今朝焼いたシュトーレンを味見してください。貴方好みの甘さにしました」
「…うん。ありがとう」
暁からキスをする。
…シュトーレンよりもきっとずっと甘い愛のキスを…。

〜fin〜

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