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不器用な夫
第18章 学生
「もう…、帰るのかしら?」
寂しげにそう聞いて来るのは母だ。
父は黙ったまま僕を見る。
ハコも不安そうに僕を見る。
ガラス張りで造られたテラスルームでのランチ。
夕べは僕の体調を心配するハコに母がべったりと寄り添ってくれたと東から報告は受けている。
「今夜は僕も泊まりますよ。それに父さんさえ良ければ午後は皆で出掛けませんか?」
母の為に提案する。
父が一瞬だけ目を見開く。
「どちらに?」
母が目を輝かせる。
そんな子供のような母を目を細めて見る父がやはり母を愛してるのだと確信する。
「今日は夏用の浴衣を新調するだけですよ。それから父さん、今年はハコの為に屋形船を出して貰えませんか?」
僕の提案に父が小さく頷く。
「屋形船?」
ハコが不思議そうに聞いて来る。
「来月の花火大会ですわ。国松家は専用の屋形船を持ってるのよ。」
僕の代わりに母がはしゃいでハコに説明する。
昔は家族で行った花火大会。
毎年の家族行事として、その屋形船に乗る前に浴衣を家族で新調する。
この数年は行かなくなった家族行事をハコが居るのだからと僕は持ち掛ける。
母のハコに対する入れ込みを目の当たりにした今はハコとの離婚を迂闊に口にする事は許されない。
この先の僕はハコを裏切り続ける道しか残されてないのだと覚悟を決める。
ハコを妻として確たる立場にする事は難しい。
だけど国松家の家族として扱ってやるのは容易い事だと僕はこの提案をする。
父は反対しなかった。
僕の苦悩を父はちゃんと理解してくれている。
「東…、車の用意をしなさい。」
父が母を連れて東が用意する車に乗り込んだ。