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妹
第2章 晦日(つごもり)
「まあ、まだ先の話だけどね、だって雅……」
加賀美はまた堪えきれないように、ぷぷっと笑う。
「まだ、胸ペッタンコにも程があるし」
そう言うと、雅のグレーのセーラー服の襟元を、つんと人差し指でつついた。
その瞬間、雅の瞳と表情から怒りや苛立ちが消え、能面のような表情になった。
荷物をざっと纏めると、加賀美の横をすり抜ける。
「ご機嫌よう」
「えっ……雅……?」
一瞬で表情から感情の一切を削ぎ落としてしまった雅を、加賀美は頭を掻きながら困惑して見送るしかなかった。
雅は早足で図書館から離れる。
もう昼休みが終わる頃だ。
狼狽えないよう顔に出ないように気を引き締め、顎を引き背筋をピンと伸ばす。
「私はこのままでいいの――」
雅は自分に言い聞かせるようそう呟くと、指が白くなるくらいにぎゅっと鞄の持ち手を握り締めた。
(誰に何と思われたっていい。お兄様にずっと愛される為には、今のままの私が必要なの――)
*
両親が死んだ頃の記憶はない。
雅はまだ、幼すぎた。
両親について覚えていることといえば、大きくて暖かい手の持ち主だったということくらい――いやそれさえも、写真を見て自分で作り上げた幻想かもしれない。
だから、自分の中で始めから存在しない人達に、哀しみや恋しさはない。
(私達兄妹を鴨志田という檻に置き去りにした人達、ただ、それだけだ――)
鴨志田には本家と分家がある。
本家は長兄血筋の一族で、鴨志田姓を唯一名乗ることが許される。
家長は鴨志田グループの総帥となり、株式会社鴨志田の代表取締役を歴任する。
その事業は多岐に渡り、不動産・建設業、製薬・食品の製造・卸売業を主軸に、金融業等幅広い分野を営んでいる。
一方、分家は長兄の姉弟妹、従兄弟、はとこ達で構成され、宮前姓を名乗る。
ほとんどの者達が鴨志田グループの恩恵を受けその職に就くか、国会議員、警視庁、その他主要官庁に優秀な人材を輩出し、鴨志田の繁栄に影ながら貢献している。
その為、昔から分家の宮前は、本家の鴨志田に頭が上がらない。
宮前の者達は役員会に名を連ねていても鴨志田が絶対で、反旗を翻そうものなら一族から追放されてきた。
また鴨志田が歴代経営手腕に卓越した者が続いてきた為、その存在は絶対的なものとなっていた。