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第4章 弓張月(ゆみはりづき)

雅には分かる。

月哉は敦子に心を開き始めている。

敦子の言葉に耳を傾けている時の落ち着いた、信頼を寄せている眼差し。

普段なら雅以外には絶対にしない、異性へのからかい……。

いつも月哉だけを見てきた雅には、兄の心の中の微小な変化でさえ直ぐに嗅ぎ取ってしまう。

もしかしたら、月哉の中ではまだ気持ちに自覚がないかもしれない、敦子を仕事上の相手としてしか見ていないかもしれない――今は。

(どうすればいい? こんなことは初めてだわ。私以外の異性に心まで許すなんて、そんなこと、ありえなかったのに――!)

雅は立ち上がり、ぶるぶると震える手で書斎にあるデスクの引き出しの鍵を開けると、中から日記を取り出した。

(もう、今までのような甘い手段では駄目だわ! 何か脅しになるようなことをしなければ――!)

日記をめくり、万年筆を握り締める。

・会社に怪文書を流す
・ナンパさせる

思いつく限り非道な手段を書き出していく。

手段は選んでいられない。

月哉が自分の気持ちに気づく前に、手を打たなければならない。

知らずしらず、唇を白く小さな前歯で噛み締める。

力が入りすぎたのか唇を噛んでいたところが切れて出血し、口内にじわじわと鉄の味が広がっていく。

「許さない……絶対に、ゆるさないわ」

(私は優しくなんて、ないのだから――)

香りに囚われ、雁字搦めにされ、雅の心は敦子のことしか考えられなくなっていった。



月哉達が大阪から帰ってきたその日の同行は、敦子からキャンセルされるだろうと雅は読んでいたが、予定通り午後から行われた。

「すみません、お疲れでしょう」

「あら、弁護士は結構体力勝負なのよ」

雅の気遣いに、敦子は力こぶを作っておどけて見せる。

「敦子さんってスタイル良いだけじゃなくて筋肉もありますよね、何かスポーツをされているのですか?」

敦子は背が高くてとても均整のとれた女性の体つきをしている。

雅は自分とは本当に正反対な女だと思いながら、敦子を見つめる。

「毎朝ジョギングをしているの、夜はいつも何時に終わるか読めないからね」

「凄いですね、まさか今朝も大阪で走られたのですか?」

「えっ……き、今日は朝早くの飛行機だったから、走れなかったわ」

「そうですか」

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