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第5章 十三夜月(じゅうさんやづき)

月哉はその日、帰宅することは無かった。

もしかしたら帰ってくるかもしれないからと、雅は夕食を取らずに待っていたが、待ちくたびれてそのまま寝てしまった。


 
ひたり、ひたりと、血が、闇が――近づいてくる。

また同じ悪夢にうなされ、雅は悲鳴を上げて目を覚ました。

鼻先に肉が腐敗した臭いがかすめた気がし、雅はバスルームに走って胃の中の物を全て戻した。

嘔吐の苦しさで涙は出るが、溜め込んでいた敦子に対する憎しみを吐き出せたような気がして、少しだけすっきりする。 

雅は濡らしてしまったハイソックスを脱ぎ、裸足のままリビングを横切り、テラスへのガラス戸を開けた。

外はまだ暗く、いつの間にかしとしとと小雨が降り始めていた。

テラスに出ると、石の床はひんやりと冷えていて、足の裏が気持ちよかった。

雅はポケットから写真を取り出すと、ライターで角に火をつける。

敦子の肩を抱く兄の姿が、ぐにゃりと歪む。

熱で引きつれ煤で黒く汚されていく兄の姿を、雅は憎しみとも恋慕とも取れぬ陰鬱な瞳で見つめ続ける。

熱くて持っていられなくなった写真は、支点を失って燃えながら床に落ち、黒くカサカサした墨になった。

「……お兄様は……私の――」

雅が呟いた言葉は、強くなりだした雨音にかき消された。  







雅は次の日は食欲が無く早朝から学園の図書館へ直行し、敦子へ送りつける写真に添える文面を用意した。

『鴨志田から手を引かなければ只ではおかない』

陳腐な文面をプリンターで印刷し、指紋に気をつけながら写真の入った封筒に収め完成させる。

(あの女、意外と計算高いわよね。医者合コンに行ったり、ベンチャー企業の社長と付き合ったり。お兄様に惚れてからはエステにもちょくちょく行っているし……。こんな生ぬるい手では、何の解決にもならないかもしれない――)

「ま~~た悪巧みしてるな、俺の可愛い野良猫ちゃんは」

耳のすぐ側で囁かれる声。

しかし、雅は微動だにしない。

「先輩……なんですか、その呼び方」

雅は小さなため息と共に問いかける。

「なんだ、気配消して近づいたつもりだったのに。気づいてた?」

加賀美はいつものように雅の隣の席に陣取る。

雅はそんな加賀美を見返した。

「先輩、私に発信機付けていませんか?」

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