この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
妹
第8章 十六夜月(いざよい)
「勉強の遅れを取り戻すのに当初は専念されておられましたが、元々学園の授業より家庭教師にかなり前倒しで習っていた為、そんなに苦労はされませんでした。食事と睡眠は月哉様がいないと、まだ駄目ですね。本人は食べたふり、寝たふりをされるのですが――。後は、御承知の通り、性格が百八十度変わられましたけれど、逆にお世話しやすくなりましたよ」
そう言って後藤は苦笑した。
案内された中庭には既に雅と月哉がおり、雅が白い大輪の薔薇を摘む様子を月哉が少し寒そうに、しかし楽しそうに眺めていた。
「おはようございます、月哉様、雅様」
「おはよう、東海林。よく眠れたようだね。クマが無くなっている」
「冬なのに本当に薔薇が見事ですね、良い庭師の方がいらっしゃるのですね」
東海林は朝露に濡れた白薔薇を抱えている雅に微笑む。
真っ白なワンピースとファーのボレロを着て、白い息を吐きながら薔薇を摘む雅に朝の眩しい光が射しこむ。
「ええ、とても綺麗でしょう? 薔薇の紅茶もあるのよ」
雅は花束に顔を埋めて、うっとりと幸せそうな顔をする。
その時、雅の足元を大きな蜘蛛が這っているのが視界に入った。
「お嬢様、こちらへ」
後ろに控えていた後藤が、慌てて雅の腕を掴んで引き寄せる。
「なあに? あら、大きな蜘蛛ね。薔薇に巣を張らないといいのだけれど」
後藤の視線の先に慌てて逃げる蜘蛛を認めると、雅は特に驚かずに言った。
「お嬢様、虫も薔薇も大丈夫になったのですね。苦手なものが減るのは良いことです」
後藤はそう言って腕を離す。
「そういえば、雅は昆虫やら爬虫類が大の苦手だったね。避暑地でも蛇を見て驚いて足を挫いていたし。薔薇が苦手なのは知らなかったが――」
月哉が思い出し笑いをしながら、後藤に視線を移す。
「薔薇は、確か高嶋様が本邸に来られた頃から、急に苦手になられたようでしたから……」
後藤は言ってから、はっとして口ごもった。
雅はさして気にする風でもなく、メイドに花束を預けると「寒い~~」と言いながらサンルームに入って行った。