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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第3章 3 匂いの誘惑
「平気だよ。君はサプリとかも恐らく試してるだろう? なんの変化もなかったはずだ」
「た、確かに」

 体臭が花の香りになるというサプリメントを飲んだことがあったが、足はおろか身体や息にすら影響はなかった。

「じゃ、いただきます」
 恐る恐るハードタイプのチーズを一切れ口に入れる。

「なにこれ、すごい美味しい!」
「スペインの山羊のチーズだよ。赤ワインに良く合うから」

 躊躇っていたワインにも口をつける。
「ええー。こんなに美味しいものがあるんだあ」

 普段、芳香はアレルギーがあるということで酒や乳製品を避けてきていたが、実際は嘘で食物アレルギーは一切ない。
しかし久しぶりに飲んだアルコールは一気に彼女を酔わせてしまっていた。
共通の話題などなく特に盛り上がることはなかったが久しぶりに嗜好品として食事を堪能する芳香は大満足だ。

「うわー。これも、すっごい美味しい!」

 静かな薫樹に様子を見られているが屋上での不愉快さはない。寧ろ見守られている安心感を得て芳香は珍しくオープンに自分の事を話してしまう。

「兵部さんっていいですねー。そのまんまの香水の香りでいられて。普通誰だって匂いがあるから元の香りに交じってニュアンス変わっちゃうじゃないですか。さすが匂宮ですねえ。
私なんか変わるどころか、悪臭になっちゃうし。あーあ。羨ましいなあ」
「薫の君じゃなくて匂宮ってところが確かに当たってるね。ほんとは僕は薫になりたかったんだが」
「えー。そーなんですかあ。まあ、私にはどちらも羨ましい二人ですねえ」

「明日は休みだよね。もう少し付き合ってくれないか」
「え、あ、はあ、あ、でも私そろそろ……」
「足のことなら気にしなくていい。寧ろそのことで話があるんだ」

 芳香は酔っぱらった頭で判断力を失ってはいるが、足だけは洗わなければと考えた。
しかし気が付くとタクシーに乗せられ薫樹の住む、マンションのまえに到着している。
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