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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第4章 4 検体提供
 洗い終えた後、またマンションの薫樹の部屋に戻り、今度こそ上がる。公園の隣のコンビニで購入した使い捨てのルームシューズを履く芳香に薫樹は苦労を感じた。

「そこへ座って。今お茶でも入れるよ」
「あ、はい」

 LDKには二人掛けのダイニングテーブルしかなく広いが生活感のない空間だ。

「ティーバッグだけど」

 そう言いながら薫樹はハーブティを差し出す。

「ありがとうございます」

 しばらく無言で草っぽいハーブティーを啜っていると薫樹が口を開く。

「次のうちの新作なんだが、ボディシートを制作してるんだ。それで君に協力してもらいたいんだ」
「協力? 私が?」
「うん。土曜の午前中だけでいいから、2ヶ月いや1ヶ月半ほど。勿論、謝礼はするし、足の消臭にも力になれると思う」
「は、はあ……。私は一体何をすればいいんでしょうか」
「別に寝っ転がっててくれたらいいよ。香料や薬品を試させてほしい、その足で」
「あ、足にですかあ……」

 今回のボディシートのコンセプトは使う人によって、まさに香りが変わるものを狙っているらしい。さっき芳香が薫樹に対して、そのままの香水の香りを纏えることを羨ましいと言ったが、薫樹の感性としてはそこを覆したいらしく、さらには、その人間が持つ香りを高めたいと考えているようだ。
(意識高い系じゃなくて香り高い系かあ……)


「君はその匂いが悪臭だと思っているだろう?」
「もちろんです」
「そんなことはないんだ。寧ろ麝香に近いよ。本来とてもセクシーな香りになるはずなんだが濃度が高すぎるのと靴の中の条件が悪いのかもしれない」
「は、はあ」
「ちょっと潔癖な時代だから難しいかもしれないけど、その香りは薫の君や楊貴妃の類だよ」
「……」

 生まれて初めて自分の足の匂いに対する称賛ともいえる言動に芳香は戸惑いを隠せない。また調香師である薫樹の香りに対する感覚が一般人とは違うのだろうと思うと気分は複雑だ。

「つまりその匂いを抑えて殺すんじゃなくて活かしたいんだ。駄目かな?」
「い、いえ。ダメじゃないです」

 断る理由などなかった。もしかしたら匂いが改善されるかもしれない。更には『いい匂い』になるかもしれないのだ。
 こうして芳香は毎週土曜日に検体として薫樹のマンションに訪れることなった。
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