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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第25章 芳香の実家
「これはお土産です。うちの会社の詰め合わせですが」
「ああ、これはこれは。おーい、母さん、兵部さんから頂き物だぞ」

 母親の美津子がまたパタパタとスリッパを鳴らしてやってくる。

「まあまあ。ご丁寧に。ちょっと落ち着いたら予約している『花御前』にいきましょう」
「やったー! 花御前だあー!」
「これっ、桃香」

 母親にたしなめられたが、桃香はすでに薫樹の手土産を物色し、ローションや美容液などを自分のものにしている。
ちらっと美津子はその様子を見ながら今は黙っているが、薫樹と芳香が帰れば争奪戦になることだろう。
自分の家族をどう思われただろうかと芳香は気が気ではないが、薫樹はマイペースにくつろいでいるようで不快ではないようだ。

 薫樹をどう思われるかなどは全く心配していない。母と妹の様子は想像がついていたし、父にしてみてもこれ以上の相手などどこをどう探してもいないと思うに違いなかった。
とりあえず、障害になるような家族の反対はないだろうと芳香は安堵している。

 美津子が芳香を手招きしそっと耳打ちする。
「お座敷予約したけど平気なの? 電話では大丈夫だって言ってたけど」
 芳香のスリッパを履いた爪先を見て、美津子は心配そうに言う。

「うん。そのことも話そうと思ってたんだ。あのね、薫樹さんが治してくれたの」
「えっ!? 治った? 匂い消えたの?」
「んー、消えたんじゃないけど改善したの。もう悪臭にはならないの」
「へええー」
 目を丸くして美津子は敬一と桃香に報告すると二人とも同じく目を丸くする。

「ほおー。それはすごいな。わたしはてっきり内緒にしてるものだと……」
「調香師ってそんなにすごいのー? 医者でもダメだったのに」
「よかったわ。よかったわ」

 美津子は涙ぐんでいる。
薫樹は芳香の家族もこれまで彼女の悪臭に胸を痛めていたことを知った。
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