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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第26章 兵部家の一族
 未だお茶一つでない様子に、薫樹はらちが明かないだろうと思い芳香に相談する。 

「芳香。君何かあるもので料理が思いつかないか?」
「ええっと、お肉とお野菜があるなら鍋なんかできそうですけど」
「さすがだな」
「えへっ」

 薫樹が満足そうな表情で芳香を見つめた後、「母さん、今夜は僕らが食事の支度をしますよ」と静かに伝える。

「え? 薫樹が?」
「ええ。芳香が料理、得意なんですよ」
「あっ、ちょっ、得意なんて……」
「まあっ! お料理が得意なんて、素晴らしいわね!」
「へええー、これはいい奥さん連れてきたわねー、薫樹さん」
「うちは料理得意なものがいないからなあ」
「え、あ、あの……」

 いつの間にか料理を担当することになり芳香は慌てるが、薫樹は「客のなのにすまない」と肩にそっと手をのせ指先で鼻の頭を撫でる。

「いえ、私は全然いいんですが、なんか、でしゃばっていいのかなと……」

 気をもんでいる芳香の横で家族中が良かったと安堵している。

「いいんだ。寧ろうちの家族にとっては願ってもないことだろう。恥ずかしながら君のご家庭と違ってうちはこういうことに疎くてね」

 済まなさそうな表情を見せる薫樹に芳香は彼も自分と同じように、家族や社会に対して気にすることがあるのだと知った。
 マイペースで何事にもあまり頓着がないと思っていたが、薫樹は薫樹なりに思うところがあり、社会性もちゃんとあるのだ。
また一つ薫樹との距離が近づいたと思い芳香は嬉しかった。

 芳香は張り切って、食事の支度をしようと思い、瑞恵に台所とエプロンを借りることになった。
薫樹は菜園に行き野菜を取ってくるようだ。
兵部家は今夜のディナーを心待ちにしながら、宴の準備を始めた。
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