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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第10章 2 フィトンチッドの効果
 浴槽では珍しく薫樹が頭を悩ませていた。

「面倒だなあ」

 野島美月が仕事のことでの相談というのは口実で実際は薫樹を口説きに来ていた。芳香がいたのでしつこく長居はしなかったが、「また来ます」という言葉には正直まいる。


 ボディーシートのイメージガールを選ぶときに、モデルたちの宣材写真を眺めたが、シートの完成に満足していたので誰でも良く、周囲の有力者が美月を選んだ。美月に対して薫樹は何の感情も抱いていない。これからもないだろう。

 今までもそうだったように迫られても心が動かなかったため全く相手にしなかった。たとえ、周囲が憶測し、勝手に噂を流されても、平常通りの薫樹にいつの間にか、噂も相手も消えている。


 今回もそのように振舞えばよいのだが、問題は芳香だ。
彼女はこういう状況には勿論不慣れであるし、略奪に対して引いてしまう方だろう。強気に出て張り合うことはない。

 付き合ってそばにいて分かったことだが、芳香は感情の起伏と匂いのオンオフが揃っている。
勿論常人には感じられない程度ではあるが、喜んでいるときや嬉しいときは麝香の香りが強くなる。そして否定的な感情の時に香りが薄まるのだった。

「あの子のせいで、今夜はきっと芳香の匂いが楽しめないな……」

 残念だが、これからいくらでも時間はあるという結論で、薫樹は次の手を考え始めていた。
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