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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第2章 2 遍歴
 匂いのせいで勤められる職場が非常に少ない。まず服装があまり厳しくないところで多少ラフでも目をつむってもらえること。
 芳香の足は合成繊維と相性が悪いらしく、ストッキングを着用するとたちまち悪臭が漂う。綿や麻などの天然繊維でなければならないのだ。
 そして残業が出来るだけなく、定時できちんと帰れること。匂いは夕方から強くなってくる。
 以前勤めていた会社で一度残業をした時だった、憧れの先輩と居残ることが出来、芳香はうっかりフットケアを忘れてしまう。残業が終わり、先輩は芳香を食事に誘ってくれた。
 匂いが気になったがパンプスさえ脱がなければ大丈夫だろうとついて行くことにする。しかし彼が誘ったところは居酒屋で、しかも座敷しかなく芳香は急な腹痛を訴え、誘いを断る。
 心配をしてくれはしたが、それから二度と彼が誘ってくることはなかった。

 恋はいつも靴を脱ぐ前に終わる。


 学生時代には恋人とホテルまで行ったのに芳香の足の匂いと気づかず、異臭だと騒ぎ立てフロントに電話を掛ける彼を見て泣く泣く別れた。
 一度病院にかかったが『清潔にしてください』と言われるだけであった。


 今、新しく転職したこの会社は美容サロン経営とそこで使われる化粧品を製造販売している。おかげで常に香料が漂い、足の匂いが少し紛れる。残念ながら足の匂いを自ら香料でごまかすことはできず、むしろ混じりあい悪臭になるので芳香は殺菌消毒し無香料でいるしかなかった。
 それでも、自分がたとえ使うことが出来なくても香料に囲まれている環境はとても好ましい。アパートに帰ると、消臭剤に囲まれた簡素な寂しい部屋に、素っ気ない衣服に囲まれるだけだからだ。

 この職場にはできれば一生勤めたいと考えている。やっと心配の少ない職場に巡り合えたことを感謝し帰路についた。
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