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星逢いの灯台守
第2章 忘れ得ぬひと
葬儀のあと、すっかり意気消沈した父親は大番頭らに抱えられるように宮緒の家を後にした。

その後ろ姿を見遣りながら、片岡は静かに口を開いた。
「親父も急に老け込んだな」

二人だけの座敷…。
実家に兄がいることに緊張する。
「…いい家だな…」
片岡が縁側に座り、煙草に火を点けた。
灰皿を側に置く。
猫の額ほどの庭先に、色づき始めた鬼灯の鉢があった。
…鬼灯…。
幼い頃、宮緒が好きでよく母親に鳴らしてくれとせがんだ。
母親は器用に中の種を出してから壊れたラッパのような音を鳴らし、宮緒は笑い転げた。
…そうすると、普段笑顔が少ない母親も釣られて笑い転げた。
それが嬉しくて鬼灯が好きだったのだ。
…まだ、買っていたのか…。

「…久しぶりに帰りました…」
「そうか…。
久しぶりに帰って、お袋さんの葬式じゃあな…」
淡々とした口調が心に染み入る。
「…急だったので…驚きました…」
「…人間は、あっけないもんだな」
珍しく労わるような口調だった。
「…はい…」

振り返り、母親の遺影を見上げる。
…その写真は宮緒が東大に受かった時に横浜の港が見える丘公園で撮ったものだ。
母親は合格祝いをしたいと、初めて横浜にやってきた。
本当に嬉しそうにはしゃいでいた。
「東大なんてあの町で初めてやて、片岡の旦那さんに褒められたんよ」

山下町のこじんまりとしたフレンチレストランでささやかなお祝いのディナーを食べた。
「…これ、美味しいねえ。
真紘、これ、何?」
「フォアグラ。食べたことない?」
「ない。和食ばかりやから…。
…ねえ、母さんのマナー、おかしくない?」
周りを見ながら小声で囁く。
いじらしさがふわりと湧いた。
「…大丈夫。気にしないで食べなよ」
「…うん。ありがとね…」
母親は少女のように無邪気に笑った。
「…あたしは世界一幸せな母親や。
東大なんて…すごいねえ…。
あたしはほんまにあほやったのに、真紘はほんまに賢くて…自慢の息子や。
…ありがとね、真紘…」
慣れないワインを飲みながら、白い頰を薔薇色に染めて何度も同じ話を繰り返した。
「…もう、いいってば」
照れ臭いのと恥ずかしいので、ぶっきらぼうに遮った。

「…ありがとね、真紘…」
凛とした声が響いた。

見上げる母親の瞳には、涙が浮かんでいた。
「…もう、母さん、いつ死んでもええわ…。
だって、幸せやもん…」




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