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星逢いの灯台守
第1章 名も知らぬ薔薇
横浜の全寮制の中学校に入学するために上京する朝、母親はこの駅のホームまで見送りに来た。

「旦那さんの言うことをよう聞いて、しっかり勉強するんよ。
そんで、大人になったら片岡の坊ちゃんの為に一生懸命働くんよ。
…そうしたら、片岡の坊ちゃんはきっとあんたのことを悪いようにはせんやろ。
…片岡の奥様も、坊ちゃんのために尽くすあんたのことを無下には扱わんはずや。
それがあんたの幸せになるんやからね。
ええな、真紘。辛抱して頑張るんよ」

母親は、列車の窓越しに宮緒の手を握りしめた。
…ひんやりとした白く華奢な手…。
この町で一番の美人と謳われた母親は、常に誰よりも地味な身なりをして、目立たぬようにしていた。
今日はなぜか高価な鮮やかな紅色の友禅を着て、濃く化粧もして見送りに来た。
華やかに装った母親は人目を惹く美人であった。

…母さんはすごく綺麗なんだな…。
宮緒は他人事のようにぼんやりと思った。

この町一番の権力者の妾となり、宮緒を生んだ母…。
宮緒は母親に対して常に複雑な想いを抱いていた。

…愛情と反発と嫌悪と同情の日々…。

しかし、そんな想いもこの日までで終わるのだ。
…この息苦しい小さな海の町とも、今日でお別れなのだ。

明日からは新しい場所での新しい日々が始まるのだ。
新しい場所では、宮緒のことを誰も知らないのだ。

宮緒の心は線路の向こうに広がる穏やかな内房の蒼い海と同じように、澄み渡り…晴れやかであった。

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