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星逢いの灯台守
第4章 上海ローズ
…今日の黄浦江もカフェ・オ・レ色…といってはあまりに美しい表現ではないかと躊躇するような黄土色に濁り、晴れやかな秋の青空には少しも同化しない様子だ。
対岸には国際都市上海のランドマークとして何よりも有名になった東方明珠塔がほかの高層ビル群の中にあって群を抜いて目立って屹立している。
…最も折からの大気汚染が酷く、ここは霧の都ロンドンかと錯覚するほどにその姿は霞み、ぼんやりとその姿を現していた。

…上海暮らしももう長いというのに…あの水溜り色の川にはどうしても見慣れることはできない…。
勤務先のホテルの執務室から澱んだ黄浦江にフェリーが渡る様子を漫然と眺め、小さく息を吐く。

宮緒が総支配人を務めるホテル…上海ビクトリア酒店は嘗てはバンドと言われた外灘の南端にあった。
外灘はかつて上海が東洋の魔都と言われた頃の象徴の古い歴史ある欧風建物が並ぶ街並みである。
1842年、英国が締結した条約により欧米の租界地として発展した歴史的なエリアなのだ。
荘厳な近代建築は今尚多く残り、かつて華やかに繁栄し花開いた租界文化の栄耀栄華が現存し、それらはそのまま役所や銀行、ホテルなどで現在も使用されている。
また、国内外の多くの観光客が日々訪れる有名な観光スポットでもあるのだ。

…片岡はこの外灘の一角にあるユダヤ系不動産王が経営していたホテルを居抜きで購入し、新たに日本のホテルとしてオープンをした。
業務提携したのは華僑の実業家だったが彼は高齢のため、殆ど経営に関わってこなかった。
桁違いの富豪で世界中に自宅や別荘を持つ彼は
「外灘に若い愛人と愛犬のセカンドルームが欲しかったから業務提携をした」
と嘯いたのだが、オープンしてからも経営に全く口出ししてこないところを見ると、強ち冗談ではないのかも知れない。
今日もひ孫のような中国美人がフレンチブルドッグを抱きかかえてリムジンに乗るのを目を細めながら見つめ、宮緒に笑いかけたのだ。
「…わしはしばらくニースに行ってくるよ。
留守は君に任せた。Mr.ミヤオ」
「いつお帰りですか?黄大人」
「上海の空気は年寄りには毒だ。
当分ニースの温かな潮風にあたって養生するさ。
…そう言えば久々の里帰りはどうだったかね?」
黄が高価なソフト帽を被りながら宮緒を見上げた。

…不意に宮緒の脳裏に故郷の鄙びた海が浮かび…なぜか白檀の薫りが鼻先を掠めた。



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