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星逢いの灯台守
第4章 上海ローズ
次いで浮かんだ白い蓮の花のような美しい面影のひとの幻影を振り払うかのように宮緒は首を振り、笑い返した。
「ええ。帰国は五年ぶりでした」
「どうだったかね?
確か君も海育ちだったね」
「…海と言っても千葉の田舎の小さな海の町です。
…しかも僕は十二歳までしかいなかったので、あまり想い出はありません」
「ほう。帰郷はしたのかね?」
「ええ。少しだけ立ち寄りました…」
…それで…
と、言いかけて…口を噤む。
これ以上話すと、あの美しいひとの切ない幻影が胸に溢れ出してしまいそうだ…。

「何か色っぽいラブ・アフェアでも?」
黄はいかにも艶福家らしい艶々した頰に笑みを浮かべ、尋ねる。
「…無きにしもあらず…ですが、振られましたので黄大人を愉しませるような艶話とはなりませんでした…」
黄はおやおやと大袈裟に肩を竦めて見せた。
「君のような美男子を振る贅沢な女性もいるのだね。
勿体ない」
そうして宮緒の頰に手を伸ばした。
「…だが物憂げな美しい男というのもまた風情がある…。
わしは美しいものが大好きなのだよ」
「黄大人…」
黄は両刀だと片岡から聞いたことが頭を掠めた。
宮緒の微かな緊張を感じ取ったのか、黄はふっと陽気に笑った。
「君ならまた幾らでも恋は出来る。
女は君のようにクールビューティでどこかミステリアスな男が大好きだからな…」
優しげに囁かれる。

「パァパ!早く!飛行機の時間が過ぎてしまうわよ」
リムジンの窓から若い愛人がやや不機嫌そうに叫ぶ。

「今いくよ」
少しも急ぐ様子もなくゆったりとホテルの階段を降り始める。
行きかけて立ち止まり、振り返って宮緒を見た。
如何にも中国人らしい黒眼のはっきりした瞳が、真っ直ぐに見上げる。

「…けれど運命の恋というものは、滅多にあるものではない。
…もっともひとは失ったあとにそれに気づくことが多いのだがね…」

…そう言うと黄はひとの良さげな笑顔を残し、リムジンの中に姿を消したのだった。

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