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第1章 中年サラリーマンの憂鬱
 こうやって静かに物思いに耽ったのは何年ぶりでしょうか。遠い昔、まだつき合っていた頃の妻と一緒に夜空を眺めていた時以来のような気がします。

 当時の妻は良かった。見た目に取り柄はありませんでしたが、真心に溢れて、いつも気が利くいい女でした。初デートの時に作ってくれたサンドイッチの味は今でも忘れません。薄焼き卵にハムに、手作りのサラダを挟んだあのサンドイッチ。思い返してみるとまた食べたくなってきます。

 しかし、今の妻はダメだ。先ほどダルマのような面をしていると言いましたが、昔はあんなに台形の顔なんかしておりませんでした。本当に取り柄のない、ありふれた顔だったのです。強いて言えば少し小顔だったぐらいで、今で言うツインテールがよく似合う女でした。それが現在は……やり手の盗人に顔を盗まれてしまったのかと思うほどの変わり様です。出来ることなら新しいものをこしらえて「嫁~! 新しい顔だぞっ!」と叫びながら、今の顔を丸ごとすげ替えたい。いやせめて、屁をこきつつ「おかえりさん」と吐き捨てる彼女の心を入れ替えたい。

 ……そう。それだ。顔だけならまだマシなほうでしょう。仏頂面のダルマは問題ではないんですよ。私が好いた惚れたで一緒になったのは彼女の心が綺麗だったから。いつも私を立ててくれて、自分は一歩後ろで佇み、辛いときはそっと私を包み込んでくれていたあの優しさ。

「貞夫さん、いつもありがとう」

 安っすいラブホテルにしけ込んで、腰の突き合いを終えた後に囁いてくれたあの一言。

「貞夫さん、好きよ」

 もう何年も聞いてないセリフです。愛の言葉です。今の妻が言うことなどまず有り得ない。言ったとしても、そこに心はありません。

「愛しているからゴミ出しよろしく」

 愛は愚か……夢もへったクソもない、現実しか見られない一言をミサイルの如く撃ってくることでしょう。ゴミ出しってなんだよ。愛とゴミを繋げるなと私は言いたい。
 
 ……言えませんけど。
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