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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「誤解しないでね。
貴方を庇った訳じゃないから」
片岡が宿泊するホテル・ニッコーに向かうタクシーの中、相変わらずつんと顎を逸らした美しい横貌は無愛想に語る。
「そうだろうな」
片岡は笑いをかみ殺す。
「あんなところで騒ぎになったら、ユーハンに迷惑がかかるからよ。
貴方のためじゃないわ」
「分かってるさ。
そこまで自惚れはしないさ」
車は観前街の繁華街を通り抜け、三香路を西に向かっていた。
観前街は夜遅くまで若い観光客らで賑わっている。
…ところで…と、煌びやかな夜景から暁蕾に眼を転じる。
「…彼は恋人?」
「はい?」
怪訝そうに美しい眉を上げて片岡を見る。
「あんな風に君を守る騎士みたいに現れたら普通そう思うだろう?」
暁蕾は呆れたように肩を竦めてみせた。
「…日本のおじさんて本当にダサいわ。
男と見ればすぐに色恋に結びつけようとして…」
小生意気な発言や仕草はしかしきらきらと輝くように美しい暁蕾に良く似合っている。
「ユーハンはただの幼馴染よ。
…彼の実家は上海の名家だったんだけど、官僚のお父様が自由運動に加担した疑惑で失脚してしまって…お母様の実家の蘇州に移住してきたの。
私とは小学校からの友達よ。
とても優しくていいひと…。
…でも、それだけだわ」
「…そう…」
…どこかほっとするのは、なぜなのだろう。
けれど、深く考えないようにする。
…澄佳に似た娘に、複雑な感情を抱くのは危険だともう一人の片岡がブレーキをかけるのだ。

「…ユーハンは、私が一番辛い時に力になってくれたの。
だから彼は、私に何かあると心配してくれるだけだわ」

静かな声で語った暁蕾の古典絵画のように繊細で美しい横貌からは、それまでの勝気な表情はなりを潜め、頼りなげな…淋しげな子どものような貌が浮かび上がっていた。

片岡はその美しくも微かな哀愁に満ちた娘から、暫く眼を離すことはできなかったのだ…。
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