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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「風邪による発熱ですな。
…この秋の寒空に拙政園の池で水泳すれば、誰だって風邪を引きますよ。
…あんた、大丈夫なのかね?」
往診してくれた医師は暁蕾を丁寧に診察すると、呆れたように片岡を眺めた。
「日本には寒中水泳の風習がありますので…」
…日本人が誤解されそうな説明だなと密かに危惧しながら、片岡は微笑んだ。
「…とにかく、今日は一晩安静にして寝かせてやってください。
温かくして、蜂蜜茶でも飲ませて…。
起きたらこの薬を飲ませてやってください。
…それから…少し過労のようだね…。
こんなに細っこい身体で…ちゃんと食べとるのかね?」
初老の医師は処方薬を片岡に渡すと、首をひねりながら帰っていった。
片岡は医師に丁寧に礼を述べ送り出すと、寝台で静かに寝入る暁蕾の元に戻った。
…透き通るような白い肌…伏せられた長く濃い睫毛がミルクのように白く滑らかな頰に影を落としている。
形の良い唇は色褪せ、弱々しい印象を与えていた。
「…シャオレイ…」
白い額に落ちかかっている艶やかな黒髪を、優しく搔き上げてやる。
髪に挿した真紅の薔薇の花を、そっと外す。
…それはまだ萎れずに、健気に咲いていた。
枕元に置き、片岡は寝台に腰掛ける。
まるで、オーロラ姫のように美しく静かに眠る暁蕾を、飽かず見つめる。
…そう言えば、俺は暁蕾のことを何も知らないんだな…。
同時に、この美しい娘のことを深く知りたいという願望が湧き上がり…そのことに酷く戸惑う。
胸の前に組まれている白く華奢な手をこわごわと包み込む。
熱があるはずなのに、その手は冷たく痛々しいほどに冷え切っていた。
片岡は己れの温もりすべて分け与えるかのように長い時間、その美しい手を握り続けていた。
…この秋の寒空に拙政園の池で水泳すれば、誰だって風邪を引きますよ。
…あんた、大丈夫なのかね?」
往診してくれた医師は暁蕾を丁寧に診察すると、呆れたように片岡を眺めた。
「日本には寒中水泳の風習がありますので…」
…日本人が誤解されそうな説明だなと密かに危惧しながら、片岡は微笑んだ。
「…とにかく、今日は一晩安静にして寝かせてやってください。
温かくして、蜂蜜茶でも飲ませて…。
起きたらこの薬を飲ませてやってください。
…それから…少し過労のようだね…。
こんなに細っこい身体で…ちゃんと食べとるのかね?」
初老の医師は処方薬を片岡に渡すと、首をひねりながら帰っていった。
片岡は医師に丁寧に礼を述べ送り出すと、寝台で静かに寝入る暁蕾の元に戻った。
…透き通るような白い肌…伏せられた長く濃い睫毛がミルクのように白く滑らかな頰に影を落としている。
形の良い唇は色褪せ、弱々しい印象を与えていた。
「…シャオレイ…」
白い額に落ちかかっている艶やかな黒髪を、優しく搔き上げてやる。
髪に挿した真紅の薔薇の花を、そっと外す。
…それはまだ萎れずに、健気に咲いていた。
枕元に置き、片岡は寝台に腰掛ける。
まるで、オーロラ姫のように美しく静かに眠る暁蕾を、飽かず見つめる。
…そう言えば、俺は暁蕾のことを何も知らないんだな…。
同時に、この美しい娘のことを深く知りたいという願望が湧き上がり…そのことに酷く戸惑う。
胸の前に組まれている白く華奢な手をこわごわと包み込む。
熱があるはずなのに、その手は冷たく痛々しいほどに冷え切っていた。
片岡は己れの温もりすべて分け与えるかのように長い時間、その美しい手を握り続けていた。