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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…いいや。もう、愛してはいないよ」
言葉が唇から溢れた瞬間、それは腑に落ちたかのように片岡の胸に収まった。

「…俺が愛していたのは、あの頃の彼女なのだと自分でも分かっているんだ」
…そうだ。
ずっと前から分かっていた…。
自分が愛し、執着していたのは、あの頃の澄佳だ。
…あの頃…
身も心も愛し合っていた頃…。
あの蜜月の彼女を、あの甘美な日々を、自分は追い求め…なぞっていたのだと…。

…だから…

「…俺は蘇州に、彼女との想い出を封印しにきたのかも知れないな…」
…この美しい水の都に…。
あの美しくも切ない還らぬ日々の想い出を…。

暁蕾が静かに片岡の方に寝返りを打った。
薄明かりの中、雪花石膏のように白く美しい貌が片岡を見上げた。
…黒々とした稀少な宝石のような瞳が、片岡を見つめる。
「…封印…ですか…」
「うん。…女々しいな…おじさんの癖に…」

…上海に住む弟・真紘夫婦の仲睦まじい様子も、羨ましかったのかもしれない。
我ながら、情けない。
そんな自分に苦笑いする。

「そんなこと、ない」
力強い暁蕾の声に眼を見張る。

「…私、以前に日本が…日本人が嫌いだ…て言ったでしょう?」
ぽつりと、小さな囁きが聞こえた。
「うん…」

苦しげな吐息が漏れ…
「…私…本当は…半分、日本人なんです…」

暁蕾の思いがけない告白に、片岡は息を飲んだ。


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