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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…私はひたすら勉強したわ。
成績優秀者に選ばれて、官費留学生になるために…。
日本の大学に行くためよ…。
日本に行けば、父親に会える。
父親に、母と一度でいいから会ってくれと頼める…て。
…でも…」

月あかりの中、暁蕾の潤んだ瞳からきらりと涙が煌めき、溢れ落ちる。
「…大学の合格通知が届いた寒いある日…。
母は亡くなったわ…。
…元々心臓が悪くて…でも、生活のために一日中働いていた。
…シャオレイの東京での生活費も稼がなきゃ…て。
東京はおしゃれな街だから、少しは綺麗な洋服を持っていかなきゃね…て…仕事を増やして働いてた…。
…私が…学校から帰ったら…私の合格通知書を握りしめて…死んでいたの…」
「…シャオレイ…!」
片岡は思わず眼を閉じた。
握りしめた手に力を入れる。
…この小さな華奢な手は、どれだけの哀しみの涙を拭ってきたのか…。

白い頰を涙で濡らしながらも、暁蕾は語り続けた。
「…母のお葬式を終えて、私は蘇州を出たわ。
すぐに日本に…神戸に…父親の元に向かったの。
…擦った揉んだの挙句に、ようやく父親に会えた…。
私は…私が父親の子どもで、母が亡くなったことを伝えたの。
母がかつて父親に貰った翡翠の指輪を見せて…」
…そうしたら…。

薄明かりの中、暁蕾の貌がくしゃりと歪むのが見て取れた。

「…何が目的だ?金か?金をせびりに来たのか?
あの女には手切れ金を渡したんだ。今更何しに来た…て。
お前みたいな奴は、他にもたくさん訪ねてくる。
本当に私の子どもか、分かったもんじゃない。
…そう言って…母の指輪を窓から投げ捨てたの…!」

暁蕾のか細い嗚咽が漏れる。
片岡はその華奢な肩を抱き寄せ、強く抱き竦めた。
「シャオレイ…!もういい…!もういいよ…」
暁蕾の震える身体は息を呑むほどにか細く頼りなげだった。
…この小さな身体で…抱えきれないほどの哀しみと苦しみをずっと背負ってきたのだと…片岡は込み上げる思いを噛み締めた。

「…私は…母の死を伝えたかっただけなのに…!
…母がどれだけ父親を愛して…待っていたかを伝えたかっただけなのに…!」
わあわあと子どものように泣き出す暁蕾の背中を、優しく撫でる。

「…泣きなさい…。好きなだけ泣くんだ…。
君は何も悪くない…。
一人でよく耐えたな…。
偉かったな…いい子だ…」

暁蕾の嗚咽は尚一層、激しくなった…。



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