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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…君はいい子だ。
…そんな屑のような父親にはもったいないようないい子だ…。
…君みたいな優しいいい子に恵まれて…お母さんは幸せだったな…」
小さな子どもを慰めるように語りかける。
暁蕾の涙は止まらない。
子どもに還ったかのように泣きじゃくる暁蕾を、優しく揺すりながら抱きしめる。
「好きなだけ、泣きなさい。
誰も聞いてない…我慢しなくていい…」
「…あたし…あたしは悲しくて…悔しくて…あのクソ野郎を見返してやりたくて…すごく勉強して…大学…卒業して…」
「うん…」
「…でも…日本もすごく不景気で…外国人の…しかも何のコネもないあたしにはろくな就職先もなくて…仕方なく中国に帰ったの…」
「…そうか…ひとりでよく頑張ったな…」
暁蕾の艶やかな髪をそっと撫でる。

「…でも…結局、ガイドにしかなれなかった…。
マァマに…合わせる顔がないよ…!」
号泣しだした暁蕾の頭を撫でる。
「そんなことはない。
君は立派なガイドだ。
日本語は達者だしとても真面目で有能で…とりわけ親切だ。
君にガイドしてもらった観光客は絶対に中国を好きになる。
また中国に来たくなる。
立派な日中友好の橋渡しの役目を果たしているじゃないか。
皆ができることじゃない」
「…本当…に…?」
しゃくり上げながら、暁蕾が片岡を見上げた。
涙に濡れた白い頰を、手の甲で拭ってやる。
「うん。
それに、途方もない美人だ。
…きっと皆んな、中国にはやたら元気な天女様がいると思っただろうな…」
「…ばか…」
暁蕾は頰を膨らませて、片岡を睨んだ。
思わず微笑んで、乱れた髪を直してやる。
「…いつもの調子が戻ってきたな。
君には怒った貌が良く似合う」
「…もう…」
照れたように少し笑った暁蕾と眼が合う。
…とても、近い距離だ…。
まるで、キスをするような距離…。

…二人の眼差しが濃密に甘く絡み合い…どちらからともなく引き寄せられるように近づく…。

片岡の手が暁蕾の形の良い顎に触れ…暁蕾はそっと眼を閉じた。

…その無垢な美しい貌をじっと見つめ…やがて片岡は愛おしい子どもにするように、清らかな額にそっと慈愛に満ちたキスを落とした。

「…さあ、もう寝なさい。
俺はここにいるから…」

何か言いたげな眼差しのまま、暁蕾は切なげに美しい眉を寄せ…小さくため息を吐いた。
けれど素直に頷き、再びそっと瞼を閉じたのだ。







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