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蘇州の夜啼鳥
第2章 かりそめの恋
「こんにちは。ターレン」
ドアの外に佇んでいたのは、紫紺色の長袍に身を包んだ雨航であった。
…この青年は以前観た中国の歴史映画の正統派二枚目役者に似ていると、ぼんやり思う。
甘さを含む整った目鼻立ち…。
けれど笑みすら浮かべるその表情の裏にあるものは掴み所がなく、感情が一切読めない。


中に招き入れると支度の整ったスーツケースを見遣り、振り返る。
「もうお発ちですか?」
「…ああ。
今日の便でね」
綺麗なブリティッシュイングリッシュで問いかけられ、淡々と答える。
…今は没落したが、かつてはエリートの家柄だと聞いた。
如何にも育ちが良さげな風貌と雰囲気の青年だ。
おまけに若く…彼が奏でた二胡は素人の耳にも素晴らしかった。
才能に溢れる若々しい前途有望な若者…。

…暁蕾に相応しい男だ。
胸の奥がちくりと痛む。
それを振り払うように
「まだ少し時間がある。
コーヒーでも頼もう」
部屋の電話に手を伸ばす背中に声がかかる。

「…どうして?」
振り返るそこにあるのは、甘さを秘めた瞳に浮かぶ怒りに似た色だ。

「なぜそんな風に落ち着いていられるのですか?
シャオレイの様子は気にならないのですか?」
「…君…」

雨航は、唇を歪めた。
苛々としたように腕を組む。
「シャオレイは、あれからずっと泣いていますよ。
あんなに我慢強くて絶対に泣かないシャオレイが…。
貴方のせいだ。ターレン」







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