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夜明けまでのセレナーデ
第10章 僕の運命のひと
「…全く、貴方ときたら…」
光が呆れたように首を振る。
絹の顛末を聞き、光はさっきから同じ言葉を繰り返している。


…ぱたぱたと軽い天使のような足音が聞こえる。
「お母様!お兄ちゃま!カイザーとお庭で遊んでもいい?」
菫が文字通り薔薇色の頬を輝かせながら、居間の扉から貌を覗かせた。
…やや淡い色合いの髪色は薫に似ている。
甘くキャンディのように愛くるしい容姿は、実は光の幼少期に瓜二つなのだと神谷町の祖父母に聞かされた時は驚いたものだ。
…可哀想に…。
菫も大人になったらあんなメドゥーサみたいに恐ろしい貌つきになるのか…と。

…軽井沢の別荘から久しぶりに帰宅した菫は、カイザーと片時も離れたくないらしい。
朝から晩までべったりと…ベッドでも一緒に眠っている。

「いいわよ。でもドレスを汚さないように。
メイリンを連れていきなさい。
いきなり飛びつかれたら大変…ああ、カイザーも歳をとって随分大人しくなったのね…」
光は柔らかな視線を、菫の足元でのんびり伏せをして待っているカイザーに向けた。
「…昔は本当に馬鹿犬だったのに…」
容赦ない言葉だが、険はない。

菫がカイザーを連れて嬉しげに部屋を後にするのを見届けて
「…お母様は説教をしにわざわざ菫を連れてお帰りになったのですか?」
母親によく似た琥珀色の瞳を冷ややかにくれてやりながら、それでも丁寧に淹れたダージリンの茶器を差し出す。

「もちろんだわ。
陛下の大切な姫宮様とのご縁を台無しにして…おまけに姫宮様の駆け落ちをお手伝いしてしまって…。
世が世なら貴方、大変な罪人よ?」
そう言いながら、光はどことなくうっとりとしたような美しい眼差しを窓の外に遊ばせた。

「…駆け落ちねえ…。
…懐かしいわ…」
…光のどことなく甘く切なげな声が、風に運ばれる…。
「…へ?」
思わぬ言葉に光を振り返ると、
「なんでもないわ。
…それよりも…貴方にこの際、聞いておきたいことがあるの」

いつものつんとした高慢な光が居ずまいを直し、薫を見つめていた。

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