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戦場に響く鈴の音
第37章 追憶
「蝶(ちょう)…、居るか?」
職人が住み着く長屋街で、雪南は勝手を知る長屋の1つの戸を開けて入り込む。
「旦那様…、神国へ来ておりましたの?」
みすぼらしい町人服を着た女子が戸の横にある台所の方から雪南の方へと振り返る。
ギュッと俺の着物の袖を鈴が握り俯いた。
「胡蝶…。」
「やだ…、黒崎様も御一緒でしたのね。」
あの頃とは違い、日に焼けて健康的な顔立ちになってる。
あの頃を懐かしむように瞳を細めて作り出された笑顔は、偽りの笑顔とは違う本物であり、あいも変わらぬ美しさを見せつける。
「説明をしろ。雪南…。」
胡蝶とは手紙のやり取りくらいはしていた。
それも俺の婚姻が決まってからは全くない。
ましてや雪南の話なぞ、胡蝶から聞いた事すらない俺からすれば家臣の裏切りを目の当たりにした気分だ。
「一般の民による神国への入国は後継人が必要ですからね。」
当たり前のように胡蝶の家へと上がり込み、床に座る雪南がいけしゃあしゃあと答える。
「蝶、足湯と茶の用意を…、いつまで黒崎様を戸口に立たせておくつもりだ。」
この家の主のように雪南が振る舞い、胡蝶が慌てて俺の足を拭く為の湯を桶に入れて用意する。
たたきから框へと座れば、ガキの頃のように俺の膝へ鈴がよじ登ろうとして来やがる。
「鈴…、お前は俺の小性だろうが…。」
鈴の着物の背をむんずと掴んで引き剥がそうとしても大きくなった雌猫は俺の着物に爪を立てる。
白銀山脈を越える為に、庄条からの道のりの間、鈴は男物の小性の着物を着ている。
「ほら、足を出せ…。」
結局は俺にしがみついたままの小性の足を主が拭く羽目になる。