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溺れるくらいに愛して
第1章 溺れるくらいに愛して
***
それから、そのカフェに通っていて気づいたことがある。彼もそのカフェの常連だったこと。あたしはいつも喫煙席にいて、彼は禁煙席の隅の席にいたら気づけなかったのだ。春から喫煙に対する法制化がされ、喫煙席がなくなることになったのだ。あたしは敢えて、彼の隣の席に座った。彼は、ノートパソコンで仕事をしているようだ。時折、スマホを開いたりもしている。画面をいじる時だけしているのであろう黒縁メガネの横顔は、控えめに言ってもイケメンの部類に間違いなく入るであろう。
「こないだの……」
彼はあたしに気づいて、あの一瞬を覚えてくれている。それだけでどこか特別で、あたしのくだらない美学なんて一瞬で崩れていく。
「どうも。ほら、四月に入って喫煙席なくなってしまったので、ここに通されて……」
なんて自分で志願した席なのに咄嗟に言い訳? 嘘? をついて。
「ね、年々、喫煙者には厳しい世の中になりますよね。妻が妊娠した時に減らしたんですけど、今だにイライラした時とかは、たまに吸ってしまうんです」
妻? 妊娠? まあ、そりゃそうか。こんなに仕事が出来てかっこいい人。結婚していないほうがおかしい。ハイスペックか性格のいい男は結婚している。そんなの当たり前の常識問題だ。テストにさえ出ないような、そんなごくごくありふれた。でも、結婚がありふれているとするなら不倫もありふれた――。