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狼に囚われた姫君の閨房録
第3章 京へと
三日目の本庄宿である。
「うっ……」
疲れが出たのかもしれない。私は旅籠に着くや、倒れ込んだ。
二階の角部屋に運ばれ、私はすぐ眠りについた。

目が覚めたのは、騒ぐ声がしたからだった。
室内は灯り一つなく、真っ暗だ。外だけがやけに明るい。悲鳴まじりの叫び声もする。
私は窓際ににじり寄った。障子を開けて、言葉を失った。
(……これは一体!)
宿場町の通りが交差する広場。ど真ん中で、大きな篝火が焚かれている。煙が渦を巻き、紅蓮の炎が月夜を焦がすほどに舞い上がる。
篝火を遠巻きに眺めている大勢の人たち。町火消しはいるが、手を出さずにいる。
(どうして、消さないの? 風が強いのに……)
身を乗り出した私の目に、床几に座った恰幅の良い漢が飛び込んできた。
あれは、水戸の芹沢鴨!
亡き父の政敵・水戸斉昭すら一目置いた漢!天狗党の首領ではないか!!
芹沢の前で土下座しているのは、お父上さま!?
「手前の不調法をお許しください、芹沢どの」
地面に額を擦り付けるほど、父は頭を下げた。
「一番良い部屋を取り申した。ご案内申すゆえ、火を消してくだされ!」
「何か勘違いしてないか、近藤くん」
芹沢鴨は鉄扇で自分自身の肩を叩いた。どこか、揶揄する感じだ。
「部屋を取り忘れられたゆえの嫌がらせではないぞ。俺は焚き火をしているだけだ」
「嘘言いやがれ!」
遠巻きの輪の中の、藤堂平助が叫んだ。
「だったら、さっさと消せよ。充分、あったまっただろ!!」
「はた迷惑なことばっかりしやがって!この上、おやっさんを責めるつもりかよ?」
永倉新八も怒鳴った。その横で、原田左之助が腰のものに手をかけた。
「詫びを入れてる男を許さねえってのは、武士としてどうかな?」
「だから、腹など立てておらぬ。暖をとっているだけよ」
しゃあしゃあと言ってのける芹沢。
どうやら、父が芹沢の部屋を取り忘れたらしい。武芸達者な父だが、どこか抜けたところがある。
それで、この嫌がらせか!
お父上さまに、恥をかかせているというわけか!
(よくも!)
私は目で天水桶を探した。辻に桶をいくつも乗せた真っ赤な水桶があちこちにあった。
私はその一つに神経を集めた。力を込める。天水桶が空中に浮かぶ。
篝火の騒ぎで、誰も気付くものはない。
篝火の上まで天水桶を運び、一気に傾ける。
「痴れ者め! くらえ!!」
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