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狼に囚われた姫君の閨房録
第33章 江戸城無血開城

三月十三日の夕刻。
空に広がる叢雲は江戸城を覆い尽くさんとしていた。雨や春雷がやってくるのだろうか?
「女たちはすべて大奥を去りましてございます」
年寄の一人が天璋院の前で手をついた。
「大義であった。そなたも、早う城を出るが良い」
茶を点てながら、天璋院が低く言うと、年寄は膝を進めた。
顔面蒼白だ。事態が差し迫っているのであろう。
「お逃げください!天璋院さまだけではありません。和宮さまも、すみれ姫さまも!!」
「取り乱すでない。それはならぬ相談というもの」
「江戸城の周囲は軍が囲んでおります。ここにいては、殺されてしまいまする!」
「百も承知です」
天璋院から茶碗を受け取ると、和宮さまが静かに言った。
「質となることも覚悟しております。命はないものと考えて、徳川家に降嫁した身です」
「そのような……!」
「……ことにはさせぬ」
私は年寄の言葉を遮った。目は窓のはるか下に注いだままだ。
城を十重二十重に取り囲む軍勢。大手門から、体格のいい男が一人で歩んでくる。
(あれが西郷吉之助……いよいよか)
「公武合体は亡き父・直弼が計画したこと。父はこう言いました。『和宮さまを決して死なせたりはせぬ』と」
私は三人に向き直った。
「万一の時は、このすみれが和宮さまの盾になりましょうぞ。命をかける戦を殿方だけにさせてなるものか」
天璋院さまも和宮さまも強く頷いた。年寄はその場に突っ伏してすすり泣いた。
「どうやら、客人がお越しの様子。そなた、お連れ申せ。案内したら、裏手門より落ちるが良い、そっとな」
空に広がる叢雲は江戸城を覆い尽くさんとしていた。雨や春雷がやってくるのだろうか?
「女たちはすべて大奥を去りましてございます」
年寄の一人が天璋院の前で手をついた。
「大義であった。そなたも、早う城を出るが良い」
茶を点てながら、天璋院が低く言うと、年寄は膝を進めた。
顔面蒼白だ。事態が差し迫っているのであろう。
「お逃げください!天璋院さまだけではありません。和宮さまも、すみれ姫さまも!!」
「取り乱すでない。それはならぬ相談というもの」
「江戸城の周囲は軍が囲んでおります。ここにいては、殺されてしまいまする!」
「百も承知です」
天璋院から茶碗を受け取ると、和宮さまが静かに言った。
「質となることも覚悟しております。命はないものと考えて、徳川家に降嫁した身です」
「そのような……!」
「……ことにはさせぬ」
私は年寄の言葉を遮った。目は窓のはるか下に注いだままだ。
城を十重二十重に取り囲む軍勢。大手門から、体格のいい男が一人で歩んでくる。
(あれが西郷吉之助……いよいよか)
「公武合体は亡き父・直弼が計画したこと。父はこう言いました。『和宮さまを決して死なせたりはせぬ』と」
私は三人に向き直った。
「万一の時は、このすみれが和宮さまの盾になりましょうぞ。命をかける戦を殿方だけにさせてなるものか」
天璋院さまも和宮さまも強く頷いた。年寄はその場に突っ伏してすすり泣いた。
「どうやら、客人がお越しの様子。そなた、お連れ申せ。案内したら、裏手門より落ちるが良い、そっとな」

