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狼に囚われた姫君の閨房録
第12章 新見錦の粛清
九月十五日。
明け方から、小雨が降っていた。屋根裏部屋から出された私は、奥の一室で灰色に沈む景色を眺めていた。
雨のすだれ越しの庭は、見ているだけで落ち着く。仄暗くて、涼しくて。
道場から響く威勢の良い声も、今日はしないから静かだ。
「すみれちゃん」
部屋の隅で、刀に打ち粉を振っていた総司が呼びかけた。
私は顔だけで振り返った。
「はい」
「僕たちは今夜『山緒』って料理屋に行ってくる。いい子にしてるんだよ」
「お気をつけて。お食事ですか?」
夕餉はいらないのかな?と考えていると、
「隊務だ」
書見台で書物を読んでいた一の声が低く響いた。
「新見錦を粛清する」
「新見を?」
私は膝を揃えて座り直した。筆頭局長・芹沢鴨の片腕だ。
「先月の政変、長州藩が京を追い出されたってことは知ってるよね?」
総司の問いに、
「帝を擁立しようとしてしくじり、堺町御門の警備を解かれましたとか」
私は聞き齧ったことを答えた。
「新見錦は長州と通じていたんだ」
絶句する私に、総司は畳みかけた。
「君を襲った佐伯又三郎は長州藩の間者だったよ。その佐伯を隊に入れたのが新見錦でね」
「我々はまんまと一杯食わされたというわけだ」
一は声のトーンを落とした。
「会津藩の意向もある。借りは返さねばならぬ」
「粛清には、僕と一くん、歳三兄さんが向かう。朝までかかるかもしれないから、先に寝ておいで」
私は青畳に手をつかえた。丁寧に、一礼する。
「お勤め、お疲れ様でございます。ご武運をお祈り申しておりまする」
明け方から、小雨が降っていた。屋根裏部屋から出された私は、奥の一室で灰色に沈む景色を眺めていた。
雨のすだれ越しの庭は、見ているだけで落ち着く。仄暗くて、涼しくて。
道場から響く威勢の良い声も、今日はしないから静かだ。
「すみれちゃん」
部屋の隅で、刀に打ち粉を振っていた総司が呼びかけた。
私は顔だけで振り返った。
「はい」
「僕たちは今夜『山緒』って料理屋に行ってくる。いい子にしてるんだよ」
「お気をつけて。お食事ですか?」
夕餉はいらないのかな?と考えていると、
「隊務だ」
書見台で書物を読んでいた一の声が低く響いた。
「新見錦を粛清する」
「新見を?」
私は膝を揃えて座り直した。筆頭局長・芹沢鴨の片腕だ。
「先月の政変、長州藩が京を追い出されたってことは知ってるよね?」
総司の問いに、
「帝を擁立しようとしてしくじり、堺町御門の警備を解かれましたとか」
私は聞き齧ったことを答えた。
「新見錦は長州と通じていたんだ」
絶句する私に、総司は畳みかけた。
「君を襲った佐伯又三郎は長州藩の間者だったよ。その佐伯を隊に入れたのが新見錦でね」
「我々はまんまと一杯食わされたというわけだ」
一は声のトーンを落とした。
「会津藩の意向もある。借りは返さねばならぬ」
「粛清には、僕と一くん、歳三兄さんが向かう。朝までかかるかもしれないから、先に寝ておいで」
私は青畳に手をつかえた。丁寧に、一礼する。
「お勤め、お疲れ様でございます。ご武運をお祈り申しておりまする」