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秒針と時針のように
第3章 最初の事件
「珈琲牛乳飲める?」
 着替えてタオルを肩にかけたまま外に出ると、忍が二本瓶を持って待っていた。
「飲む!」
「ん」
 二百円。
 このために持ってきてたんだろうか。
 器用に蓋を歯で外し、美味しそうに飲む忍を見つめる。
 冷たさが喉に心地良く染み渡った。
「ごちそうさん」
「俺のも捨ててきて」
「はいはい」
 等価交換とばかりに瓶を受け取る。
 一瞬触れた忍の指は、オレの指より熱かった。
 涼しい顔しているのに。

 部屋に戻ってもまだ結城は帰ってきていなかった。
「マジでラブホ行ってんじゃねーの」
「笑える」
 そう呟きながら一切笑っていない忍が無造作にテレビを点ける。
 音楽番組でアイドルが歌っているところだった。
 全く興味がないので、テレビじゃなくて忍を見てしまう。
 寝巻きもタンクトップだ。
 最早なにかポリシーでもあるのかもしれない。
「アダルトちゃんねるとか見れんの?」
「馬鹿じゃねえの」
「気になんじゃん」
「あんな他人のセックス見て何が楽しいんだよ……」
 忍の言葉に絶句する。
「え?」
 リモコンを置いて、ベッドに横たわる。
「忍ってそういうの見たことあんの?」
「は? AVってこと? あるだろ、普通に」
「オレはねーよ。兄貴の部屋に忍び込んだことはあるけど」
「そうか?」
 あぐらを掻いて忍が腕を組む。
 長い睫毛を伏せて、物思いにふけるように宙を見た。
「まあ……あのババアの男が色々使ってたしな。見たくなくても視界に入るっつーか」
 まだ母親のことをババア呼ばわりしてんのか。
 小学校の頃には知り得なかった忍の家庭事情を聞いてからはそれも無理はないと思うが。
 毎週のように違う男と母親が抱き合っていたらそりゃ尊敬なんて消えさるだろう。
 ましてや自分自身そうした流れの中で生まれ、父親が誰かもわからないんだから。
 祖父母の家は都立中から遠いため、また母親と二人暮らしをしているらしいが、会話はゼロだと聞いた。
「拓はエロ本集めてそうなのにな」
「どんなイメージだよ、それ」
 無邪気に笑い合う。
「いや。この部屋で一番は結城だろ」
「彼女いるのにな」
「まだヤってねーんじゃねえの」
「後で拓が訊けよ、それ」
「無駄に殴られたくはないね」
 噂の本人がこの時まさに上の階で彼女と密会を成功させていたというのは後日報告でわかったことだ。
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