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嘘の数だけ素顔のままで
第3章 去勢【2】
 四時間目が始まるまであと十分ほどあった。


 コトブキが建物の外で煙草を喫っていると、足音が近づいてきた。革靴の踵を鳴らす歩き方で誰かわかっていたが、声を掛けられるまで気づかない振りをしていようとコトブキは思った。


「おつかれさまでーす」と『先生』は言った。

 コトブキは今初めて気がついたかのように会釈した。ありていに言えば、コトブキは『先生』のことが嫌いだった。


『先生』には休憩中や授業中にもよく電話がかかってくる。でる時は決まり文句でもあるかのように「ドウモー!」と言うのだが、そのイントネーションが如何にもおれ社会人やってます、みたいに当て付けがましい感じがしたし、そういうのをカッコいい社会人だと思っているその神経がコトブキは我慢ならなかった。

 このことをクラスメイトの誰かに話したかったが、『先生』を嫌いな理由が電話での挨拶だと言っても恐らく誰も信じてはくれないだろう。


「たいへんっすね」と『先生』は煙草に火を点けて言った。

 コトブキは、そうっすね、と合槌はしたものの、二人を較べてみてどう見てもコトブキの方が年上だった。

『先生』はあの女どもの質問責めにも結局年齢については口を割らなかった。こうやって二人で煙草を喫っているときに、「歳がバレると舐められるでしょ」と『先生』が教えてくれたことがあった。

 このときばかりは素直に感心したコトブキだったが、『先生』の話を続けて聞いているうちに、そういった細部に至るまでうえからマニュアル化されていることがわかった。


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