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ハニードロップ
第2章 本物
「んー、甘さが足りないなぁ」

 試作品を食べて、ため息を吐く。カラコロと口の中で転がしながらレポートを入力する。甘いだけじゃダメなんだよね。さっぱりもしてて、爽やかで……

「おつかれー」

 一人きりの開発室に突然外の光が入ってくる。聞き慣れた声に、振り向きもしないままPCに向かう。

「休憩しよ」
「やだ。もうちょっとで出来そうだから」
「オイオイ3ヶ月も篭りっぱなしじゃん。病気になるよ」

 篭りっぱなしじゃない。ちゃんと家には帰ってる。お風呂と睡眠のためだけだけど。

「ほら、差し入れ」
「味分かんなくなるから後で貰う」
「いや、だから、一回休憩な」

 むにっとほっぺを掴まれて無理やりPCから視線を外された。目の前にいたのは同期の吉村宗介だ。いい奴だけどたまにうざい。

「聞いて北山、昨日合コンしたんだけどさー」
「へーすごいじゃん」
「まだ何も言ってねーよ。ちょっと一緒にお酒飲んだら簡単にお持ち帰りできたんだけど」
「……」
「ちょっと軽すぎると思わない?彼女にしようとは思えないなー……て、こぼれてるこぼれてる!」

 吉村が差し入れにくれたコーヒーが口から出た。何てタイムリーな話をするんだ。
 お持ち帰り。お酒。軽い。彼女にしようと思わない。……痛い。痛すぎる。
 あの夜からもう3ヶ月。いや、ようやく3ヶ月。仕事が忙しくなったのが幸いだった。芦屋くんのバーに行けばまた会えるかもしれない、そんな淡い期待を断ち切るのに仕事はいい口実だった。
 何度か前まで行ってしまった。でもその時間に店はもう真っ暗で、当然誰もいない。良かった、会わない。会えない。
 よくドラマで見るやつ。一度抱いた女とは二度と寝ないとか、名前すら覚えてないとか、きっと、そんな。

『奈子ちゃん、可愛い』

 あの日何度も呼ばれた名前は、思い出の中だから美しいのだ。
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