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華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~
第42章 42 不調
 薬の使用量は大さじ一杯だ。それで数十秒以内に眠りにつくことができる。これを数滴にすれば、すぐに効果はあらわさず数刻後に現れる。つまり陸家の屋敷で飲ませると、星羅がここを出て、家路につくころから効果が出るということだ。
絹枝は規則正しく、決まった時間に星羅を帰し、自分はまた書斎に戻る。その書斎に戻る前に庭の小川にかかっている、太鼓橋を渡る。 普段でもその半円に張った橋が苦手で転びそうになっている。眠気のあるまま小川にでも落ちれば、そのまま亡き者にできるかもしれない。その時には薬の効果は切れていて、身体に残っていない。ただの事故死となるだろう。

 星羅がこの屋敷から家に帰るまでに、早馬や馬車が行きかう交通量の多いことがある。ふらふらしているところを、そっと肩でも押してやれば事故死は免れまい。
 絹枝はついでなので、星羅についていき、機会を伺い、より薬の効果が出ているときにそっと計画を実行するつもりだ。

「慶明さまは、晶鈴さまと、あたしのもの……」

 一番楽しかった若いころの下女時代を思い出す。胡晶鈴は、春衣にはきっといい人生が開けるからと明るく優しく諭してくれていた。時折訪れる陸慶明は、今よりも随分親し気で春衣とも気軽な口をきいた。優しい主人に仕え、あこがれの男に声を掛けられる日々は、欲望も妬みもわかない清らかで幸せな時期だった。

 失われた時間を取り戻すことなどできない。それを春衣は気づいていない。そしてその過ぎた時間よって変わってしまったものがあったことにも、気づいていなかった。
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