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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第3章 血まみれ道化師と血みどろお人形
 陽色は彼女に片手を取られたまま、己に関係あるのにも関わらず全く己の頭上を素通りしてしまったものものについて、回らない頭で思いを巡らせていた。

 色々、わからないことはあるけれども。
 少なくとも、容疑者、ではなくなったことだけは、確からしい。

 今のところそれだけで有難いと云えなくはない、が、この間にも仕事を抜けてしまっている。どうなったのか、どうするべきか、俄かにわからなくなる。

「おい貴様、」
「ひ、」
「長官、怯えさせてどうするんですか」
「……怯えさせる気は、なかったんだが」

 長官、と呼ばれた眼鏡の彼は、陽色に視線を合わせた。

 災難だったな。悪かった。

 低く、落ち着いた声だ。
 あんなに刺々しくて怜悧な印象であった彼は、こうして殊勝な態度をとると、途端にやたらと、優しいひとに見える。眼鏡の奥の眦が、ほんの少しだけ下がっているからかもしれない。

「とまあ、長官もこう云ってますんで、ひとつ、許してやってください。ごめんなさいね」

 続いて、陽色のあのおひとを連れてきた、墨色の髪をした女が、これまた申し訳なさそうな顔でそう云った。

 紺色の揃いの制服を着たふたりが、揃って陽色に詫びを入れる。

 大の大人が、きちんとお国の務めを果たしているひとたちが、己のような木っ端芸人に頭を下げるとは。何だか眩暈がしてきた。どうしていいのかわからず、縋るように西園寺の方へと目を向けた。
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