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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第5章 探偵少女と見世物劇団
 昨日。

 まだ夜の気配を残した、寒い、朝だった。

 この建て物の近くで、ひとが死んだ。

 街でまことしやかに噂となっている、「血まみれ道化師」の仕業であったとのことだ。とは云え、都とは云えど、治安の悪い最下層で、ひと死にが出るのは珍しいことではなく。何もなければ、あらそうだったの、だけですませることができただろう。

 しかし、そうすませることができない理由があった。なにせ、件の道化師として、客引きとして外で踊っていた、雅弥の友人のあの子が、警察に連れてゆかれたのだから。

 幾度も、幾度も名前を呼んだ。それなのに彼は気付かなかった。何処かぼんやりと遠くを見て、周りの何にも反応しなかった。

 その、感情のない横顔が、ほんとうのお人形のようで。あまりに、うつくしくて。ぞっとした。

 折れそうなほどに華奢なからだが、紺色の制服に紛れて見えなくなる。その様が、路傍に転がっていた遺骸よりも、ずっと無残に、現実感を伴って、思い出された。

 あの子は今、どうしているだろう。
 凍えていたり、お腹をすかせていたりしないだろうか。
 仕事を終えたあと、見ず知らずの人間に買われるよりは、ましな夜を過ごしたろうか。

 そうなら、良いのに。
 何せ、きれいだったもの。

 雅弥はこのサアカスの、所謂花形であった。居丈高ですぐに手の出る団長も、雅弥に手を上げたことは一度もない。それどころか他の団員たちよりも、幾分か上等の化粧品と衣装を用意し、いっとう目立つ舞台に上げた。

 下心があるのかも知れず、けれどもしかしそれは雅弥には与り知らぬことであった。知らぬふりを、していた。

 そんな雅弥を、彼は、陽色はまったく気にしなかった。ただ、まやちゃんは話しやすいなあ、とにこにこしながら近寄ってきたのだ。あんなに素直ないい子には、もう二度と出会えまいと思う。
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