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Memory of Night 2
第22章 交渉

「あ、鍵」
春加がそれに気付いたのは、宵のアパートを離れてずいぶん走った頃だった。
もうすぐ家に着いてしまうが、鍵が無いと中には入れない。
「忘れたの?」
「……あー、最悪だ」
「取りに戻る?」
亮の言葉に、春加は首を振った。
「……いい」
また、小雨が降り始めていた。フロントガラスを雨粒が濡らす。もう夜も更けている。わざわざ取りに戻るのは面倒に思えた。
シートを倒し、春加は瞼を閉じた。
「車で寝る」
「体中痛くなるよ」
「一晩くらい平気じゃない?」
ダッシュボードに足を乗せ、天井を見上げる。
かなり行儀は悪いが、一番楽な姿勢だった。隣にいるのが亮なら構わない。
バーだと意識せずとも敬語になるのに、こうしたプライベートな空間だと、完全に取れてしまうから不思議だ。
昔を、思い出す。
「僕がスペアキー持ってるの、バレちゃうね」
ふいに、亮が苦笑する。
「迎えになんか来るからじゃん」
「心配だったんだよ。ハルちゃんが飲酒で事故を起こしたり、捕まったりしたら大変だろう?」
「……はい、嘘」
春加はぱんぱん、と二回手を叩いてみせた。
亮は笑う。
「そんなの茶飯事だったろ、ちょっと前まで。今さら白々しいわ。ホントはなんで? わざわざタクシーまで拾って迎えに来た理由は?」
この件に関して、亮はあっさりと口を割った。
「……彼の母親に、ちょっと会ってみたかったから」
「彼って、宵の?」
「うん」
亮の視線が自分に向く。心の内を探ろうとしている時の目付きだとすぐにわかった。
そんな時は、わざと数秒間を空ける。亮のそんなやり口も、それなりにわかるようになった。

