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蒼い月光
第2章 千代

「この寝間着にお着替えしていただきます」

そういって絹の白い寝間着を着せられた。
下帯を結ぶときには、
かなり強めに締めこまれた。
さきほどの菊門へのいたぶりといい、
この侍女は私に
憎しみでもあるのかと
思わずにはいられなかった。


「殿が見えられるまで、
ここでお待ちくださいませ」

そういって八重は蚊帳の外へ出て行った。

蚊帳の外に出た八重は
蚊帳の中で静かに座っている姫君となった女を睨みつけた。

『あんな女が殿の寵愛を受けるなんて…』

正座して居住まいを正しつつ
八重は嫉妬心がメラメラと
燃え上がるのを感じずにはいられなかった。


八重に鋭い眼光で睨まれているとも知らず
千代は寝間に正座して
心を静める為に
数日前の出来事を思い返していた。

。。。。。。。。。


数日前の夜の事、
体全体を布団に押し付けられる圧迫感で
千代は目を覚ました。

すると、突然に心の臓を鷲掴みされたような
胸の痛みに襲われた。
それと、同時に頭の中に響き渡る声がした。

『驚かせてすまぬ…』

聞き覚えのない女の声であったが、
なぜかすごく温かい声だった。

「そなたは誰じゃ、どこにいる?
姿を現すがよい」

千代は寝間の暗闇に、向かって目を凝らし
警戒の声を発した。

『姿を現す事ができませぬ』

頭の中に響き渡る声は静かにそう言った。

「何故なのですか?」

不思議と千代は心穏やかに声の主に問いかけた。

『すでに私はこの世の者ではございませぬゆえ…
それにもし姿を見せることができたとしても、
吐き気を催す無惨な姿ですので…』

「なんと!物の怪(もののけ)の類いとな…
だが、何故に私の枕元にきたのですか…」

『わかりませぬ…
ただ、あなた様に導かれたとしか
思い当たりません』

それから、女霊は朱里というくノ一であること。

今生での口惜しさから、
成仏できぬと訴えた。

千代もまた武家の娘であったので、
その思い残した無念というものを
痛いほどに理解していた。
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