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蒼い月光~くの一物語~
第1章 序章
敵陣を目指す途中で幾多の歩兵を蹴散らした。
だが、その代償として長太刀は折れ、
火薬玉は底をつき、
小太刀は刃こぼれが著しく、
使える武器は
懐に忍ばせた数本の手裏剣のみであった。
小高い丘の上に、敵方の陣幕が見えた。
朱里は見事な跳躍で陣幕を飛び越え、
敵の陣地に降り立った。
「何奴(なにやつ)!?」
不意に現れた「くのいち」に
敵陣は色めき立った。
快勝を信じて酒盛りで宴に興じていただけに、
その慌てぶりは滑稽であった。
だが、ただ一人、
敵将の佐山剣山(さやまけんざん)だけは
落ち着き払っていた。
多勢に無勢であるがゆえに、
こうした捨て身の戦法をしてくると読んでいた。
「名を名乗れ」
剣山は腰差しを引き抜くと
静かに上段に構えながらそう言った。
「忍ゆえ、名乗るべき名前などござらん!」
朱里は戸惑った。
敵将と言うからには、
無骨な大男を想像していたが、
目の前の敵将は元服したての
子供の面影を残す青年だったからだ。
それ以上に驚いたのは、
刀を持っている男の構えだった。
一寸の隙もなかった。
『肉を切らして骨を絶つ!』
それしか朱里には勝機が見当たらなかった。
刃こぼれの小太刀を握りなおして
懐に飛び込んだ。
だが、右手の肘に
熱湯を浴びせられたような衝撃の瞬間、
朱里の右手は肘から先を切り落とされていた。
だが、それは作戦どおりであった。
残った左手を懐に入れ、
手裏剣をまさぐった。
この一本の手裏剣ですべてを終わらせる。
だが、迂闊にも、
右腕からの血飛沫が目に入り、視界が霞んだ。
その隙を剣山は見逃さなかった。
左手に握った手裏剣を
剣山の首に突き刺すよりも一瞬早く、
朱里の胸に衝撃が走った。
バチンという心(しん)の臓が
弾けて割れた音がした。
次の瞬間、五臓六腑からの出血を感じた。
ものの見事に剣山の刃が
朱里の心臓を突き刺したのだ。
「敵ながら、あっぱれ!」
これが朱里が聞いた今生の最期の声であった。