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あなたが消えない
第16章 夢か幻か、現実か
今日もお昼に帰宅する。

夕方まで、疲れて眠ってしまった。

何となくフラりと玄関を出て、アパートの階段を降りて行く。

102号室の奥さんが自転車をおりて、

「こんばんは」

「こんばんは」

「今からお出掛けですか?」

私に問い掛けるから、

「いえいえ、何となく散歩にでも行こうかなと思いまして」

「そうですか。そう言えば、引っ越されてしまいましたね」

引っ越されてしまった?

「えっ?何が?」

私は意味も分からず、また聞き返す。

「101号室の永津さんですよ」

……えっ……。

私は頭の中が真っ白になった。

「嘘っ?」

嘘なんて、冗談なんて言う訳ない事は分かってるけど。

「あれ、ご存知なかったですか?」

私は、また同じ言葉を言った。

「嘘だ…」

「今日の朝、大きなトラックが来て」

「あのっ、それって何時頃なんですか?!」

私は震える口唇を、震える手で押さえて聞く。

「10時頃かな。たまたまあの旦那さんに玄関先でお会いして。珍しくあちらから声を掛けてきたので、何かと思ったら引っ越しのご挨拶でした」

朝の10時って…、私が仕事に出勤した後じゃない。

引っ越すだなんて…、全然私は聞いてない。

「お子さん戻って来たら、騒がしくなるといけないから、もう少し防音のきくお住まいに、引っ越すみたいな事を言ってましたよ」

違う…。

本当の理由は、きっとそうじゃない。

「壁が薄いから、声が漏れるだとか言って気にしてましたけど。そんなのお互い様なのにね」

奥さんは笑い飛ばす。

私は、突然の悲しみとショックを隠すために言った。

「嫌らしい人ですね。最後までイヤミを言って」

「やっぱり神経質な人でしたね」

「ああいう人は、どこへ行っても近所付き合いが出来なくて、周りに気を遣わせるんですよ」

「まぁ、奥さんも永津さんに、負けず劣らずの毒舌」

私、完全に強がってる。

涙を見せまいと今、必死で強がってる。
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