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近くて遠い
第26章 糸の綻び
「今社長がパリに発つ前に皆死に物狂いで働いています…」


酒田の切実な言葉が光瑠を締め付ける。


背負っているものが大きすぎる──


車が減速して、ギギギッとブレーキの音を立てて止まった。


光瑠はハッとして運転手が扉を開ける前にすぐさま外に飛び出した。



「社長っ!」


酒田の言葉に光瑠は足を止めた。



「お願いします!何とかして時間を遅くしますので…!会社に戻ってきて下さい…!」


その言葉に光瑠はグッと拳を握った。


「っ……分かったっ!」



その返事を聞いたあと酒田は、一目散に駆けていく光瑠の背中を黙って見つめていた。




あの日──真希が自分のもとに来た日。


フラりと何かに引き付けられるようにして真希の母の部屋に行った事を、光瑠は廊下を走りながら思い出していた。


はかなくてすぐに壊れてしまいそうだったあの身体…


真希を手に入れるために切り札にしたにも関わらず、自分に感謝を述べた、あの柔らかな笑顔──




寝不足の頭が走るたびにガンガンと痛む。


バンッ───と大きな音を立てて、光瑠はその扉を久しぶりに開いた。



メイドの泣く声。


無念そうに立ち竦む医者の姿に薬品の匂いが相まって、嫌な記憶が甦る──



「ご主人様っ…!」



光瑠の姿に気付いたメイドが声をあげた。


光瑠は肩で息をしながら、辺りを見回して、眼を大きく見開いた。




一際大きく泣き叫ぶ真希を


愛しげに抱き締める部下の姿──



入り込めない雰囲気を纏った二人に光瑠は息を飲んだ。


メイドの声にも気付かずに、要はその大きな身体で真希を包み込んでいた。


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