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近くて遠い
第10章 偽りと有川邸
コンコン─…


静まり返った部屋にノックの音が響いた。



「入れ。」




ギィ──…


「失礼致します。」



扉が開くと再び古畑さんが顔を出した。




「なんだ」


有川様は窓から視線を外すと未だ不機嫌そうに古畑さんを見る。


古畑さんは頭を下げると私の方に身体を向けた。



「真希様、お母様がお呼びです。」



お母さん……

そういえば先に着いたって…


「分かりました、すぐに行きます!」


私はすぐさま古畑さんのところまで行き、部屋から出ようとした。


あ…

そう言えば…



私は足を止めるとソファーに座ろうとする有川様を見た。


「あ、あの…」


「なんだ」


有川様は目も合わせず、足を組む。


私はそんな有川様の様子に恐れながら口を開いた。



「母が……

母が有川様にお会いしたいと…」


「なぜだ」


ようやく合った目に身体がビクッと反応した。


母についた嘘を、

有川様には隠せない…



「ここに来る理由を…
少し誤魔化して私が説明したので…」


「誤魔化した?
何をどう誤魔化したんだ。」


「その…私と、有川様が…」



言った後の反応が怖くて私は語気を弱めた。



そんな私の要領を得ない様子に有川様は再び苛立ったのか、ソファーから立ち上がって私の腕をつかんだ。


「ごちゃごちゃ言うな!はっきり話せ!」


頭ごなしに怒鳴られて身体が一層すくむ。



「こっ、婚約していると…そう母に伝えましたっ」


目を瞑っていると、フワッと掴まれていた腕が解放された。



「婚約?随分対等な関係になったものだな。」


低い声で有川様は静かに言った。

分かってる


だけどお母さんに、"三千万で自分を売った"とは言えなかった。


そんなことを言ったら、悲しませるに決まっているのだから…。



「すみません。でも本当の事は言えなくて…
そしたら、有川様に会いたいって…」


俯いて謝る私にしばらく有川様は黙っていた。



「真希様…行きましょうか」



静寂を破ったのは古畑さんだった。


その優しい声に目が熱くなる。


やっぱり有川様は忙しいからって…そう言えばいいか…


依然として何も言わない有川様をみて、私は諦めると古畑さんに導かれるまま部屋を出た。



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