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熱帯夜に溺れる
第5章 沈殿する夏、静止する冬

黒い嫉妬心と大事な莉子が男どもの卑猥な視線に晒されている嫌悪感で吐き気が込み上げる。
そしてそんな莉子を独占できる存在が自分である事実が、純を馬鹿でくだらない優越感に浸らせてくれた。
木曜日は18時に勤務が終わる。フルタイム勤務に疲れた身体を気力で動かして、純は1階の社員通用口の扉を開けた。
通用口を出て数歩進んだ先に真瀬由貴の姿があった。純を見つけた由貴が妖しい微笑みを携えて駆け寄ってくる。
「今日は何の用?」
「子供の物を買いに来たのよ。さっき、お会計してくれたでしょう?」
「もう夕飯の時間じゃないのか。子供放ってよく平気だな」
「この時間は塾の真っ最中だもの。20時までは母親業務から解放される自由時間」
比較的温暖な気候であるこの地方でも11月の夜は冷える。由貴の服装は薄手のニットで、突き出たふたつの胸が純の二の腕に触れた。
そんな格好では夜は寒いだろうに上着も羽織らず、わざとらしく胸を誇示する由貴に嫌気が差す。
「お店に莉子ちゃんいなかったね。あの子は木曜が休みなの?」
「わざと莉子がいない日を確認して待っていたんだろ?」
由貴はこれまでも何度か青陽堂書店の文具フロアに現れていた。純は由貴の気配に気が付かないフリを決め込んでいたが、莉子は8月の終わり頃に由貴の存在に初めて気が付いたと言う。
莉子が知らない事実がある。由貴の来店は夏以前、今年の4月頃から始まっていた。
4月から駅ビル内の料理教室に通い始めた由貴は教室に向かうついでに駅前に所在する青陽堂本店へ立ち寄り、文具フロアで働く純の姿を見つけたとか……先々週、八丁通りの公園で由貴と交わした会話の断片が甦る。
由貴と別れる直前、まだ青陽堂の新入社員であった純は駅前の本店勤務ではなく支店の事務所に勤めていた。本店配属は由貴との破局以降になり、彼女が純の現在の勤務先を知らなかったのは当たり前だ。
昔の男を偶然見つけて、待ち伏せて迫る。互いに特定の相手がいなければそれも寄りを戻すきっかけとなるかもしれない。
しかし純には莉子がいる。由貴にも夫と子供がいる。
それでも由貴は純を待ち伏せ、甘えた顔ですり寄ってきた。
こんな計算高い女だったか? と自問して、こんな計算高い女だったなと自答する。
そしてそんな莉子を独占できる存在が自分である事実が、純を馬鹿でくだらない優越感に浸らせてくれた。
木曜日は18時に勤務が終わる。フルタイム勤務に疲れた身体を気力で動かして、純は1階の社員通用口の扉を開けた。
通用口を出て数歩進んだ先に真瀬由貴の姿があった。純を見つけた由貴が妖しい微笑みを携えて駆け寄ってくる。
「今日は何の用?」
「子供の物を買いに来たのよ。さっき、お会計してくれたでしょう?」
「もう夕飯の時間じゃないのか。子供放ってよく平気だな」
「この時間は塾の真っ最中だもの。20時までは母親業務から解放される自由時間」
比較的温暖な気候であるこの地方でも11月の夜は冷える。由貴の服装は薄手のニットで、突き出たふたつの胸が純の二の腕に触れた。
そんな格好では夜は寒いだろうに上着も羽織らず、わざとらしく胸を誇示する由貴に嫌気が差す。
「お店に莉子ちゃんいなかったね。あの子は木曜が休みなの?」
「わざと莉子がいない日を確認して待っていたんだろ?」
由貴はこれまでも何度か青陽堂書店の文具フロアに現れていた。純は由貴の気配に気が付かないフリを決め込んでいたが、莉子は8月の終わり頃に由貴の存在に初めて気が付いたと言う。
莉子が知らない事実がある。由貴の来店は夏以前、今年の4月頃から始まっていた。
4月から駅ビル内の料理教室に通い始めた由貴は教室に向かうついでに駅前に所在する青陽堂本店へ立ち寄り、文具フロアで働く純の姿を見つけたとか……先々週、八丁通りの公園で由貴と交わした会話の断片が甦る。
由貴と別れる直前、まだ青陽堂の新入社員であった純は駅前の本店勤務ではなく支店の事務所に勤めていた。本店配属は由貴との破局以降になり、彼女が純の現在の勤務先を知らなかったのは当たり前だ。
昔の男を偶然見つけて、待ち伏せて迫る。互いに特定の相手がいなければそれも寄りを戻すきっかけとなるかもしれない。
しかし純には莉子がいる。由貴にも夫と子供がいる。
それでも由貴は純を待ち伏せ、甘えた顔ですり寄ってきた。
こんな計算高い女だったか? と自問して、こんな計算高い女だったなと自答する。

