この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
熱帯夜に溺れる
第6章 泳げない魚たち

「中身は全然、昔のままで大人にはなれていないよ。でも〈大人〉にならないといけない時が沢山あって、精一杯、大人のフリもしてきた。東京に行って悔しかったこといっぱいあって、聞いて欲しい話もいっぱいあるの」
「なんでも聞くよ。会えなかった間の莉子の11年分の話、俺に教えて」
髪を撫でる大きな手も、耳に心地よく残る低くて穏やかなトーンの声も、目尻にシワの増えた奥二重の目元も、乾燥してカサついた唇も、全部、愛しくて、全部、独り占めしたい。
「だからね、純さんの抱えている悲しいことや辛いことも、寂しいことも、一緒に持てるんだよ。ハタチの私では無理だったことが今の私なら出来る気がするの」
「……莉子は強いな」
「強がってるだけだよ。本当は内気で気弱な臆病者だもん。だけど純さんがいてくれたら、きっと強くいられるの。お願い、私に純さんの全部をちょうだい?」
彼の全部が欲しいと思った。心も身体も、彼が負った孤独もそこから生まれた悲しみも諦めも。
そして守りたいと願った。彼を蝕《むしば》む孤独から今度こそ救い出したい。
「本当にいい? こんな枯れたオジサン拾っても後悔するだけかもよ?」
「相手があなたなら後悔してもいい。私は枯れたオジサンじゃなくて純さんがいいの。オジサンが好きなんじゃなくて、純さんが好きなのって昔から言ってるじゃん!」
「……馬鹿だなぁ莉子は」
彼に慈愛の溜息をつかれるのは何度目だろう。それだけ莉子は純の前ではワガママ放題でいつでも彼を困らせている。
「はぁ……。莉子のお願いに俺はとことん弱いな。告白は莉子に言われる前にしたのに、これだと男の面目が……」
「ねぇねぇ、オジサン、何ぶつぶつ言ってるんですかー?」
「オジサンと言うなら、俺にも少しは年上の男らしくさせろってこと」
莉子が腕を引かれて飛び込んだ先は純の温かな胸元。彼は抱き締める莉子の左手を手に取り、薬指にそっと、触れるだけの口付けを落とした。
──夜更しの夏はまだ覚めず、静寂の世界にはふたりきり。朝陽に白む街は薄青色のベールで覆われていた。
夢の延長に続けた現実へのバージンロードを歩むのは、手を繋いで歩くふたつの影だった。
「なんでも聞くよ。会えなかった間の莉子の11年分の話、俺に教えて」
髪を撫でる大きな手も、耳に心地よく残る低くて穏やかなトーンの声も、目尻にシワの増えた奥二重の目元も、乾燥してカサついた唇も、全部、愛しくて、全部、独り占めしたい。
「だからね、純さんの抱えている悲しいことや辛いことも、寂しいことも、一緒に持てるんだよ。ハタチの私では無理だったことが今の私なら出来る気がするの」
「……莉子は強いな」
「強がってるだけだよ。本当は内気で気弱な臆病者だもん。だけど純さんがいてくれたら、きっと強くいられるの。お願い、私に純さんの全部をちょうだい?」
彼の全部が欲しいと思った。心も身体も、彼が負った孤独もそこから生まれた悲しみも諦めも。
そして守りたいと願った。彼を蝕《むしば》む孤独から今度こそ救い出したい。
「本当にいい? こんな枯れたオジサン拾っても後悔するだけかもよ?」
「相手があなたなら後悔してもいい。私は枯れたオジサンじゃなくて純さんがいいの。オジサンが好きなんじゃなくて、純さんが好きなのって昔から言ってるじゃん!」
「……馬鹿だなぁ莉子は」
彼に慈愛の溜息をつかれるのは何度目だろう。それだけ莉子は純の前ではワガママ放題でいつでも彼を困らせている。
「はぁ……。莉子のお願いに俺はとことん弱いな。告白は莉子に言われる前にしたのに、これだと男の面目が……」
「ねぇねぇ、オジサン、何ぶつぶつ言ってるんですかー?」
「オジサンと言うなら、俺にも少しは年上の男らしくさせろってこと」
莉子が腕を引かれて飛び込んだ先は純の温かな胸元。彼は抱き締める莉子の左手を手に取り、薬指にそっと、触れるだけの口付けを落とした。
──夜更しの夏はまだ覚めず、静寂の世界にはふたりきり。朝陽に白む街は薄青色のベールで覆われていた。
夢の延長に続けた現実へのバージンロードを歩むのは、手を繋いで歩くふたつの影だった。

