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熱帯夜に溺れる
第6章 泳げない魚たち
 惚れた弱みからの贔屓目はあっても、純は俗に言うイケオジの部類に入る男だ。哀愁漂う背中や年齢を重ねて血管の浮き出た腕や手の甲も、穏やかな物腰も、若さだけが取り柄の男に飽きた女には魅力的に感じる。

 世間知らずな若い女だけではなく、世間を知って擦れた大人の女も、純に吸い寄せられてしまうだろう。かつての元カノの由貴のように、過去の元カノが接触してきてもおかしくはない。

「けど、バイトの女の子に迫られたり、街で高校生や大学生の子に〈オジサン、パパ活しよう〉って声をかけられたり、シングルマザーの色っぽいパートさんに誘惑されたり、純さんならありえそう。本当にパパ活のパパなんてやってないよね? さっきの純さん、全然衰えがなくてエッチが久しぶりな感じしなかったし……まさか……女子高生と……みだらな行為を……」

 想像力豊かな莉子の物言いに純は大笑いしている。最後の「衰えがなくて……」の部分がよほどツボにハマったようで、莉子を満足させられて安心したと笑いながら言う始末。

 満足どころか極上だったのだが、それが大問題だと純は気付いていない。先ほどの情事は12年前に彼と過ごした幾多の甘い夜を彷彿とさせた。
 純の話が真実なら莉子と別れた以降の彼は女をひとりも抱いていない。

(それで久々のセックスがあんなに濃厚って……あんなに……。ああもうっ。純さんが上手いのはわかっていたけど、とことん骨抜きにされちゃってる)

 数分前の出来事が脳裏に甦ってまた頬が火照る。純に愛された甘い時間の余韻が身体のそこかしこに残っている。
 しかし、熱を持った頬を両手で覆う莉子の疑いの眼差しはまだ晴れない。

「莉子が何を想像してるか知らないけど、俺はそんなにモテないから。誰もこんな枯れたオジサンをわざわざ選ばない」
「わからないよ? 枯れたオジサンをわざわざ選ぶ女がここにいるもん」

 自分の頬に当てていた両手を純の頬に添える。莉子の真摯な視線を受け止めた純は眉を下げて苦笑した。

「……莉子が物好きなのかな」
「そうかもしれないね。私、もうすぐ32歳だよ。年齢だけはもう立派な大人なの」
「9月7日が誕生日だったね」

 誕生日を覚えていてくれた事実がとても嬉しい。莉子の心を暖かく照らすこの気持ちは12年前と少しも変わらなかった。
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