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熱帯夜に溺れる
第3章 熱帯夜に溺れる
 現在、専門学校で机を並べる同級生達はもちろん莉子の家庭事情を知らない。それを知るのは、小学校や中学校時代の一部の友人達だけだ。

「弟は太陽みたいな子なの。明るくて自然と周りに人が集まって、そこにいるだけで空気を明るくする。あの子がいるだけで皆が笑顔になる。運動会のリレーもいつも一番で、優しくてみんなに好かれていて、頭も良い子。あの子は私が大好きで私もあの子が大好き。仲は良いと思うよ」

 10歳下の弟の出来の良さをコンプレックスに感じたことがないと言えば嘘になる。

 莉子の実の父親は金遣いが荒く、挙句の果てに離婚前は外に女を作って何日も家に帰らなかった。莉子が不倫を毛嫌いする理由も実父の浮気が原因だ。

 それに引き換え、再婚相手である弟の父親は誠実な男だった。彼になら母を託せると、再婚当時小学生だった莉子は思ったものだ。
 自堕落な男と誠実な男、父親の遺伝子だけでこうも子供の出来が異なるものなのか、思春期を迎えた多感な時期の莉子は思い悩みもした。

 母と義父、弟の3人は義父の仕事の都合で隣接県に昨年引っ越した。莉子だけが生まれ育ったこの土地に残って独り暮らしをしている。それを寂しいと感じる時もあれば気楽と思う時もある。

 可愛い弟の運動会やサッカー大会には県を跨いででも参観するし、こっちに戻ってきた母とランチを共にする日もある。義父との関係も良好だ。再婚家庭にしては、莉子の家は上手くいっている方だろう。

「だけど弟が羨ましかった。私はそこにいるだけで空気を明るくしたり誰かを笑顔にすることはできない。弟のようにはなれないの」

 勉強も運動も成績はそこそこ。何かに秀でた特技もない。
 性格も幼い頃は母親の後ろに隠れてばかりだった。社交的な弟とは違いすぎる内向的な自分を変えたくて、中学時代から莉子は自己プロデュースに励んだ。

 勉強も運動もそこそこではあったが、莉子には持ち前の洞察力があった。人見知り気質ゆえの身を守る術からか、他人の言動を細かく観察する癖が自然とついていたようだ。
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