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熱帯夜に溺れる
第3章 熱帯夜に溺れる
 莉子の懇願に純は長い溜息をついて腰を上げた。彼は壁際に積まれた透明な衣装ケースを開けて中身を探っている。

「風呂……入るだろ?」
「泊まってもいいの?」
「莉子ちゃんはダメって言っても聞かないからなぁ。水族館行くだけなのにカバンがやけに大きいとは思っていたんだ」
「お察しの通り、歯ブラシと洗顔セットとメイクポーチが入ってます」
「計画的犯行か。俺の負け。降参」

 諦めたように微笑して、純は衣装ケースから取り出したバスタオルを莉子に渡した。

「着替えは持ってきた?」
「替えの下着は持ってるけど、寝る時の服は貸してもらおうと思って」
「仕方ないな。……寝る時の服はこれでもいい?」

 そう言って差し出された服は白色のTシャツとハーフパンツ。純の服ならなんでも嬉しい。

「浴槽の掃除してないからシャワーでごめんね」
「全然いいよ。じゃあ、お風呂借りるね」

 純が貸してくれたバスタオルと着替え、洗顔用具を持った莉子は隣のキッチンの奥、浴室の前に立った。

 この家に脱衣場はない。単身者用アパートならそれも当然だ。
 後ろを振り向くと純が続き間となっているキッチンと洋間を仕切る引き戸を閉めていた。

 付き合っている間柄でそんな気遣いはいらないのに、でもそういうところが純らしい。
 バスタオルと着替えをどこに置けばいいのかわからなくて、洗濯機の蓋の上に置いた。バスマットらしきものを洗面台の横で発見した彼女はそれを風呂場の前に敷き、手早く衣服を脱いだ。

 髪を束ね、洗顔セットを持って浴室へ。単身者向けアパートのバスルームはとても狭かった。同じ単身者向けマンションである莉子の家よりも造りは狭い。

 浴槽は正方形。掃除をしていないと言うが綺麗に見える。だが正方形でこんなに小さな浴槽では脚を伸ばして入るのは困難だ。
 ましてや純は背が高い。彼が湯船に浸かるにはこの浴槽は狭すぎて、普段からシャワーで済ませてしまうのだろう。
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