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熱帯夜に溺れる
第1章 梅雨と乙女心
 この休憩室の謎は相手が竹倉純でなければ、気持ち悪いと思ったかもしれない。よくよく考えると多少……彼の行動は、異質な方向に向かっていた気もする。相手次第ではストーカーだと怯えていただろう。
 でも純だから嫌な気はしなかった。

 きっと最初からそうだった。
 初めて会ったあの日から、莉子は竹倉純に恋をしていた。

 恋の気配を自覚してからというもの、莉子はバックヤードのボードに貼り出される社員の勤務表で彼の勤務日を確認するようになった。勤務表の名前の欄で彼の下の名前を純だと知った莉子は心の中で密かに「純さん」と呼んでいる。

 竹倉純は基本的に金曜、日曜休み、月曜から木曜と土曜に勤務が入っている。莉子と勤務が重なる曜日は火曜と土曜だ。

 会えると嬉しくて、会えないと寂しい。
 学校にいても家にいてもバイトが休みの時も、気付けば常に竹倉純のことを考えていた。
 これは間違いなく恋の禁断症状に違いない。

 恋をすると、特に女は誰かに話したくてたまらなくなる。それは莉子も例外ではない。
 さっそく中学時代からの親友の杏奈に好きな人が出来たと電話報告した。

{その人何歳?}
「んー、わかんない。聞いたことないからなぁ。でも見た感じは30代前半」

 自宅の部屋で携帯電話を片手に莉子はベッドに寝そべった。

{30代かぁ。いいじゃん、いいじゃん。見た目どんな風?}
「背が高くて細身でシュッ! としてる。芸能人だとね……」

 似ている芸能人を思い付くだけ何人か挙げた。莉子の話を聞いた杏奈は電話の向こうで笑い転げている。

{ねぇ、莉子の語る竹倉さん像、めっちゃイケメンな想像しかできないんだけどっ!}
「ふふっ。だってイケメンなんだもーん」

 好きな人はイケメンに見える好きな人すきすきフィルターは確実にかかっている。莉子の目から見える竹倉純は誰よりも格好良く映った。

{相変わらず面食いだねぇ。その人、結婚は?}
「左手の薬指に指輪してなかった。だから結婚してないと思う……けど、仕事では結婚指輪外す人もいるって言うし」
{まずは竹倉さんに彼女がいるか確認しないとだね。あわよくば連絡先ゲット!}

 杏奈は事も無げに言い放ったが、どんな状況でどんな風に「彼女いますか?」って聞けばいいだろう?
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