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雨の降る夜は傍にいて…
第6章 小夜時雨(さよしぐれ)…
 41 別れの朝 ③

「うわっ、しょっぱい」
 浩司は、涙と鼻水まみれのわたしを抱き締め、キスをして、そう言って笑った。

 そう、そのキスは正に『涙のキス』であったのだ…

「ごめん…」

「いや、謝るなよ、逆に泣かないでケロっとされた方が嫌だよ」
 と、笑いながら話してくる。

 でも、そんな彼の言葉はきっと、わたしのテンションを少しでも上げようという気遣いの言葉には違いないのだ…

「うん…ありがとう…」

「さあ、鼻かんで…」
 そう言ってティッシュペーパーを差し出してくる。
 そしてわたしは、グシャグシャでボロボロの顔を拭い、鼻をかをんだ。

「ふうぅ…」
 
「少しは落ち着いたか…」

「うん…
 あ、でも…酷いボロボロな顔でしょう…」

「あ、うん、ま、あんだけ昨夜から泣けばなぁ…」
 彼は再び笑いながらそう言った。

 ドキドキドキドキ…

 ああ…

 最後の刻が近づいてきているのを感じ、胸が騒めいてきた。

 昨夜、あれだけ泣き、色々と逡巡し、なんとか開き直れた…

 そして辛いのは、浩司の方がわたし以上に何倍も辛いのだ…とも、十分に理解できたのだ。

 最後くらい…

 最後くらいはしっかりとして別れよう…

「うん…」

 多分、そんなわたしの想いが目に映ったのであろう…

「…………じゃ…、また…な…………」

「…う、うん…、また……」

 そう言って浩司は立ち上がる。

「ありがとう……また…店で……な…」

「………う…うん……」
 また、再び、涙がボロボロと溢れ出してきた。
 そしてその涙で浩司の姿が見えなくなってしまう。

 バタン…

 無常な、スチール製の玄関ドアの閉まる冷たい金属音がした。

 ああ…

 ああ、浩司は行ってしまった…

『また…店で…な……』
 と、彼は最後にそう言ったのだ。

 男と女の、不倫という関係は今朝で終止符を打った…

 だが…

 これからは、彼の娘の指導者、教師と、その教え子、生徒の父親という関係はこれからまだまだ続いていくのである。
 
『また…店で…な…』
 それにこれからも彼のお店に、特に殆ど居るスポーツバーに行けば経営者、マスターと常連のお客という関係は続いていく…という意味ではあった。

 そしてこれはいつでも来い…
 という彼のメッセージでもあるのだ。

 


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