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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第4章 Valet & Earl 〜従者と伯爵〜
…来る日もくる日も視界に入るのは、遮るものなど何もない大海原だ。
特に今夜みたいに、黄金の月だけがその藍色の中空に輝く夜は…。
まるで別世界に放り出されたように、静謐な孤独を感じる。

狭霧は飽かずに甲板でぼんやりと水平線を眺めていた。
…マルセイユを発ち、日本に向かう豪華客船の旅も中盤に差し掛かっていた。
今夜は一等船室内の大広間で晩餐会が開かれている。
だから、一等の甲板には人っ子一人いない。
狭霧だけだ。
暗闇に包まれたデッキを照らすのは洋灯の灯りと、清やかな月の光だけ。
あとは、広間から華やかな音楽と貴婦人や紳士の笑い声が微かに聞こえるのみだ…。

風の音と船首が切り裂く波の音を聞きながら、狭霧は深々と冷えるような孤独を感じる。
…だから、思い出すのだ。
あの日のことを。

…前にこんな風景を見た時は…隣に和彦がいたっけ…。
ほんの数年前なのに、大昔のことのようだ。

二人で肩を寄せ合い、お互いの体温を分かち合いながら、まだ見ぬ仏蘭西に、巴里に、夢と希望の想いを馳せていた。
『二人で、幸せになろうね』
和彦はそう優しく囁き、狭霧の額にそっとキスをした。
…けれどその温もりも、もはや思い出せない。
思い出せないのだ。
悲しいことに。
狭霧は、だからひとりきりなのだ。

「…俺はこれから日本に帰るよ、和彦…」
狭霧は首に掛けている和彦の遺灰が入ったロケットを握りしめる。

「…ねえ、和彦…。
もし、俺が…」
ふと、胸に思い浮かんだ言葉を、口唇に乗せたとき…。

背後から聴き慣れた靴音が響いてきた。

「…そんなところにいたのか。狭霧。
夜風が冷たいだろう。
中に入りなさい」
聞こえてきた低い美声は、隠しきれない心配と…それから深い安堵の色を帯びていた。

…珍しいな…。
声の主は…分かっている。
狭霧は振り返る。
「…旦那様…」
そこには、完璧な正装を施した北白川貴顕そのひとが、佇んでいたのだ。










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